トラック3
「音、研究部?」
ボロボロの旧校舎には似つかわしくない、漆黒に輝く扉の前には、そう書かれた白いボードが飾られていた。
しかし、
「あれ? 校長室って上に書いてあるんだけど?」
かつては校長室だった場所なのか、上には黒い板に、白く美しい明朝体で『校長室』と書かれている。
そんなオレの言葉など一切聞いてくれず、くっぴーは勢い良く扉を開けた。
「なんだこれ……」
教室よりは少し小さいこの部屋には、かつて校長室だった雰囲気はほとんどなく、あるとすれば奥に置かれた立派な机と皮の回転椅子のみ。部屋の中央に職員室の先生が使うようなステンレス製の机が4つ繋げられているだけで、その他は壁のように大小様々な箱のようなものが至る所に積まれていた。
気がつくと、さっきまで握りっぱなしだった少女の手が離れていて、少女はというと、薄暗い部屋のカーテンを開け放っていた。
開かれたカーテンから、夕陽の強烈なオレンジが差し込み、部屋を一気に明るくする。
明るくなった部屋をもう一度よく見渡してみると、
「うおッ!」
床に人が座り込みながら何かに取り憑かれたかのように黙々と機械のようなものをいじっていた。
オレと同じ、グレーのスラックスに、半袖のカッターシャツ。赤と黒のストライプ模様のネクタイをだらしなく締めた男子の制服を身につけた男は、細長かった。
表情を見ようにも、もう何ヶ月も美容院には行ってませんといった、ただ伸ばしているだけの髪の毛が目元まで伸び切っていて、表情を読み取れない。
「えっと……こんにちはぁ」
オレは気さくに挨拶するが、
「……彼が入部希望者……?」
くっぴーと小声で会話をして、オレのせっかくの挨拶も完全無視だ。
なんだ、この無愛想で人の話しを聞かない二人組みは。
軽く溜息を吐きながら、こそこそと話しをする二人をよそ目に、部屋全体を見渡してみるが、まぁものの見事に謎の箱やら、機械類、真ん中に置かれた机以外のなにもない…………え?
オレの目線が、部屋の上にかけてある時計の辺りに行ったところで、全ての思考が止まり、目が完全に時計の横にかけてあるモノに釘付けになった。
――そして
「うぉぉぉおおおおおおおおお!! マジかよ、え!? マジなのかこれはぁぁぁああああああ!!」
突然のオレの咆哮に、流石にコソコソと話していた二人も、体をビクンと震わせ、何事かと驚きの眼差しでオレを見つめる。が、そんなことは知ったこっちゃない。
オレは大慌てで、時計の横にかけられていた、なんとも楽しそうに部室で撮られている五人の集合写真を手に取る。
そこには、楽しそうな笑顔のマルメロのメンバー三人と、ここに座っているノッポな男、そして若作りしてる女性教師のような人の姿が写っている姿があった。
「な、ななななな、なんで!? どういうことですか!!」
写真を指さす手を震わせながら、鼻息を荒くして、ノッポに鬼の剣幕で尋ねる。
「……いや、なにが?」
「だから、ここに写ってるのって、マルメロですよね!? アイドル型3Pガールズバンドの!!」
ノッポは若干引き気味に軽くうなずく。
「なんてこった……オレは、とんでもない場所に来てしまったようだ……」
「とんでもない場所って、そんな大げさな。先輩たちはここの部員だったんだから、別におかしいことじゃないだろ?」
オレはヘナヘナと力が抜けたように膝をつき、頭を抱える。
いや、それはおかしい。
もし、彼女たちが阿野高校の音研究部に入部していたという情報が事前にオレの耳に入っていたのであれば、オレは入学式の日から、この部室に通っていたはずなのだから。
自分で言うのも何だが、学力はそこそこ優秀で、本当なら、この近辺で一番学力が高いと噂されている高校を受験するはずだったのも、マルメロのメンバーが、ここ、阿野高校に通っていたという情報を仕入れたが故に、親や先生の猛反対を「オレを阿野高校に入学させたくないのなら、地球に隕石でも降らせろッ!」という必死の説得で押し切って入学。彼女たちの居た軽音楽部に入部して、彼女たちと同じ軌跡を辿る計画も、軽音楽部の廃部を知らされ、絶望に暮れ、仕方なしの帰宅部を選択したのだ。
そんな、マルメロを愛してやまないオレが、今の今まで音研究部に三人が居たって知っていたら、入部していたに違いないのだ。
彼女たちが歩んで来た道を共に歩む。これ以上の幸福が他にあろうか?
「すみません! オレ、入部します!」
突然のオレの言葉に、ノッポが髪の隙間から見えた細い目を大きく見開いて、オレを見つめる。
「え!? ちょっと待――」
「あなたが部長さんですか? とにかく、今日は今すぐ職員室に行き、そのまま入部届けをもらって提出して、明日から通わせてもらおうと思うので、一旦帰ります! 明日からよろしくお願いしますッ!!」
唖然とする二人を完全に放って置いて、そのまま、ずっと握り締めていたチリトリを腋に抱えて、扉の前に立ち、
「失礼しました!」
オレは踵を鳴らして、キチッとした軍隊のごとき姿勢で敬礼。そのまま軽くお辞儀して部室を飛び出し、職員室に向かい、全力で廊下を走った。
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