トラック2

 で、今に至る。


 そう、ようはオレがチリトリを齧りながら、大声でアイドルソングを歌い、そんな痛い場面を目撃されたのも関わらず、「何こっち見てんだ! ああん!?」と言わんばかりに軽く睨み返したから、こういう事になったのだ。


 『FUCKッ!』なんて下品な言葉で罵倒されるのは当然だし、人差し指立てて挑発されたって文句は言えない。


 全てはオレが悪い。全責任がコチラにある。


 自分の恥ずべき行為を思い出すと、顔がカァっと熱くなり、ワナワナと体を震わせながら両手で顔を覆った。


 そして、一瞬にして今後の自分の未来が想像できてしまい、頬に嫌な汗が流れる。


 間違いなく今日の夜、もしくは下校中に、あの少女から発信される、女子特有のトロイ型ウイルスのような情報伝達速度で、『廊下でチリトリ齧ってる変態が居るなう』なんていう情報をネットに流され、女子から女子へ伝達。明日の朝になればオレは変態の汚名を背負って入学してから早二ヶ月、イジメの的にされ、みんなから無視されるんだ……。


 ああ、ありがとうオレの高校生活! せめて彼女が欲しかった。


 下を向いたら涙が出そうだから、上を向いて電気も点いていない蛍光灯を仰ぐ。


 そんなオレの気持ちとは裏腹に、とっとと消えて欲しいにも関わらず、少女はペタペタと擬音が聞こえてきそうな小さな歩幅でオレに近寄って来る。

 その距離実に1メートルと言ったところか。


 「え、えっと……なんでしょうか?」


 オレの言葉なんか聞こえていないのか、完全に無視で少女は眉根を寄せて、オレの顔を下から見上げる。


 これが、俗にいう世の女子共必殺の上目遣いというやつなのだろうが、睨みが効きすぎていて、小学生が大人を睨んでいるような構図になってしまっている。


 少女は軽く二度うなずくと、日本人形のように不気味な笑みを作って、またお絵描きボードにスラスラと文字を書き始める。


 『おいこのチリトリ野郎!』


 そうボードに書いて見せると、ボードの下についてあるツマミをスライドさせ文字を消し、

 『お前、生粋のロッカーだな!?』

 続けてそう書かれたお絵描きボードをオレの眼前に突きつけ、私はお前の事は何でも知っているぞ。とでも言いたそうに鼻をスンと鳴らす。


 「はぁ?」


 あまりにトンチンカンな言いがかりに、オレは小首を傾げる。


 ロッカー? なんだそれは? 掃除用具を入れたり、置き勉のために教科書を入れておいたりするあのロッカーか?


 そんな事を考えていると、女の子はまたもやツマミを何度かスライドさせ、文字を消し、新たな文字を書き加えて行く。


 『私が探し求めていたのはお前のようなクソヤローだ!』

 『このファッキンクソ野郎ッ!!』

 

「ファッ――」


 オレが反論する前に少女がキラリンと聞こえてきそうなほど輝いた目でオレを見つめ、またしても人差し指を立てて、舌を出す。


 「いや、あの、オレは決してロッカーなんかじゃ――」


 バンッ!


 オレが何か言おうとすると、少女がお絵描きボードに積年の恨みでもあるのか、バンバンッ叩き、発言を拒否する。


 いや、人の話しは聞こうよ……。


 そして、流れるように、お絵描きボードにまたしても文字をスラスラと書き、


 『私の名前はくっぴー! よろしくな!』


 くっぴー? あだ名か何かか?


 目の前の少女は目を星にしてそう名乗る。


 「ああ、よろしく。オレの名前は……」


 『チリトリ! お前は今日から私たちメンバーの一員だ!』

 『こっちに来いッ!』


 そう描かれたお絵描きボードをつきつけると、オレの手を無理矢理とり、人の名前も聞かずにどこかへ向かって歩き出した。


 「あの、掃除が、オレ、掃除しないといけないんだけど!」


 くっぴーと名乗る少女の背中にそう訴えるも、聞く耳無しとはこの事か、一切後ろを振り返る事なく、まるで警察に連行されるようにしてオレの手を引いて歩いていった。

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