第110話 心変わりしたジュリエット
このままトリガーを引いてすべてを終わらせることもできる。それが最も簡単な解決策であることもわかっている。超能力のシールドではレーザー攻撃を防護することはできない。
「レティシア」神の立場に酔う人工生命体の耳にはその言葉が届いていなかった。「レティシア!」
ジュリエットはレティシアから少し射線をそらせてレーザーを警告発射した。
壁に命中するレーザー光にさすがのレティシアも我に返り、ミレアへのサイコキネシスを中断して背後を振り向く。そこには自分に想いを寄せる男がレーザー銃を握りいまにも攻撃しかねない体勢でいた。
「レティシア…やめるんだ」
「………」
「きみは俺の知るレティシアとはまるで別人になってしまった。その人を殺せばきみは以前のレティシアにはもどれなくなる。頼むからもうやめて欲しい」
「あなたには私を撃てない」その言葉を心底から信じているのか銃を向けられていても言葉に淀みがない。「撃てばあなたはひとりになる」
「俺はいつもひとりだ」
「私はあなたを理解してあげた。そしてあなたは誰かに理解される喜びを知った。一度知ってしまったこの感情をあなたは二度と忘れることができない。あなたの渇ききった心を癒せるのは私だけなのよ。理解してあげられるのは私だけなのよ」
レティシアの言葉にジュリエットがまったく狼狽えてないといえば嘘になる。
「そうだ…たしかに俺を理解してくれるのはきみだけだ。だからこそ俺はきみの様変わりする姿が耐えられない。以前のきみにもどってもらえないだろうか」
「あなたが私に生きる希望を与え、そして彼女が私を追い詰めて…いまの私を覚醒させたのはあなたと彼女よ。それなのになぜ私が責められなければいけないの」
「いまのきみのおこないは俺の責任だ。だからこそ俺は手遅れにならないうちにきみをとめたい」
「私はあなたを守ろうとしているのよ。それなのにあなたは自分を守る者を殺し、自分を傷つける者を助けようとしている」
「俺はその人に傷つけ殺されても構わない。その代わりにきみの良心を助けたい」
「私の良心…? いいえ、あなたが助けたいと思っているのは自分自身の良心よ。それを私の良心に投射しているだけ。違う?」
「それは否定しない。しかしきみがあの人を殺せば俺はもう以前と同じ想いではきみを見られなくなる」
「私の言葉を覚えていないの。嫌な思いは後で忘れさせてあげる、と言ったことを。私たち…幸せになれるのよ」
「それは本当の幸せじゃないよ。幸せになっていると自分を騙しているだけだ」
「ジュリエット」レティシアは想い人の目を見つめた。「あなたはとても優しい人。だからあなたはその優しさを大切にすればいいのよ。嫌なことはすべて私が引き受けてあげる。罪は私だけが背負ってあなたはその良心を汚さなくてもいいのよ」
レティシアの言葉にジュリエットはラファエルを思い出さずにはいられなかった。彼女はかつてあの男が口にしたのと同じことを口にしている。
「きみは…自分の言っている意味がわかっているのか」
「あなたは私にとって大切な…大切な人なの。だからあなたを傷つける人には必ずその報いを受けさせるわ。あなたのためだったら何でもできる」
「きみは俺のために何でもしようとしている自分自身が好きなだけだ。俺はきみが自己満足に浸るための鏡じゃない」
二人の間に何か亀裂が生じはじめるのを、ジュリエットもレティシアも感じ取っていた。
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