第111話 的中したラファエルの警告

「環境は人を変えるわ。いまは残酷にならなければいけないときなのよ」ジュリエットが心変わりしつつある兆候に、レティシアは内心で動揺を感じはじめていた。「地上に出て環境が変われば私は以前の私にもどれるのよ。あなたの誤解もきっと解けるわ」


「いまのきみこそが本当のレティシアなのかもしれない。俺は…願望のあまり幻想を見ていたんだ」


 レティシアはミレアへと姿勢をもどした。


 ラファエルの警告は間違っていなかったのだ。


『レティシア、おまえのために警告しておく。感情というものはいつかは冷める。ロウソクの炎と同じでその勢いが激しければ燃え尽きるのもまた早い。だからあの男の好意をあまりあてにしないことだ。いまでこそおまえに同情しているが、この先心変わりしないという保障はどこにもない』


 ジュリエットは心変わりをした。


 しかし彼の想いを引き留める方法はある。


 罪に連座させ罪悪感で心を満たせばいい。


「力を使えばきみを撃つ」精神集中の気配を見せたレティシアにジュリエットは警告した。「できればきみを殺したくない」


「例えいま殺されなくても、あなたに見捨てられれば結局は同じこと…地上に出る以外に私に生き延びる道はないのよ」レティシアはジュリエットに背を向けたままで話した。「あなたは私に生きる希望を与え、そしていまは私を殺そうとしている。私にはあなたの矛盾が理解できない」


「きみが俺の指示に従うのならば俺が責任をもってきみを安全な場所に連れ出す。それは約束する」


「その体で?」レティシアは両目を閉ざした。「あなたは嘘を毛嫌いしているのに自分の嘘は許されるのね。きっとあなたは一生誰にも受け入れてもらえないわ」


 ジュリエットの警告を無視して彼女は精神集中をはじめた。


「やめるんだ! 本当に撃つぞ!」


「孤独になりたければ私を撃ちなさい」精神集中の合間にレティシアは告げる。「あなたは孤独の寂しさに心が押し潰されそうになるのよ。死がすべてを解放してくれることを願うようになるのよ。それでもいいの?」


 既に覚悟を決めていたはずなのにトリガーを引こうとする指は躊躇っていた。


 サイコキネシスの力が再びミレアの内臓にダメージを与えはじめると彼女の呻き声がジュリエットの耳へと伝わってくる。


『何を躊躇っている。さあ、撃つんだ』


『俺は…』


『おまえが躊躇えば高等弁務官は死ぬ。孤独を恐れるな』


『ひとりになるのは嫌だ。あんな生活はもう耐えられない』


『高等弁務官の屍を乗り越えて偽りの幸せを築くつもりか。それはおまえ自身が高等弁務官を殺すに等しい』


『高等弁務官の命がレティシアの命よりも上だとは思えない』


『それは高等弁務官という肩書きにおまえが無意識のうちに反感を抱いているからだ。ひとりの人間として考えろ』


『彼女は俺を撃った』


『だがおまえは彼女の心を操作した。撃たれても文句はいえまい。そしてレティシアの罪ははるかに重い』


『何を言われようとも…ひとりになるのは嫌だ』


『問題は…おまえにどの程度の勇気があるかということだ』


 突然、呻き声が悲鳴に代わり部屋いっぱいにミレアの声が響き渡る。ゆっくり時間をかけて殺す方法をレティシアは放棄したらしい。


 ジュリエットの両目が大きく見開かれる。


 もう考えている時間はない。


「レティシア!」


 自分を唯一理解する女の背中にむけてジュリエットは立て続けにレーザーを二発発射した。

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