第109話 残された最後の力
「あなたの心はとても綺麗になったわ」レティシアは子供のように泣いているミレアを見下ろした。そこには高等弁務官としての威厳や尊厳はどこにも存在しない。「綺麗な心のままで死ねば天国に行けるかもしれないわよ」
その光景を静かに眺めていたジュリエットは、レティシアの行動を抑止すべくその方法を必死の思いで考えていた。
もう時間がない。
レティシアはテレパシーかサイコキネシスの何れかで瞬く間にミレアを殺すだろう。そうする前にとめるしかないのだ。
だが超能力では無理だ。
いまの力ではレティシアの防護シールドに無効化されてしまう。
『何か方法は…』
超能力では無理だ…では超能力以外ならば。
「あなたは私の大切な人を傷つけた償いとして苦しみながら死ぬのよ。でもあなたにとって苦しみとは浄化なのだから受け入れられるはずよ」
精神的な拷問によって正常な判断能力を喪失しているミレアにはレティシアの言葉が届いていなかった。廃人の兆候を見せはじめている女に、レティシアは征服の喜びで唇が緩む。
サイコキネシスにより内蔵破壊を目論むレティシアは精神集中を開始した。
その気配を察知したジュリエットは本当に時間がないことを痛切させられた。
『何もできないまま終わってしまうのか!』
焦るジュリエット。
哀れな高等弁務官はこのまま内蔵破裂で死を迎えるしかないのだろうか。床に両手をついて涙を流すミレアはもはやラザフォードの統治者でもなく駐留軍の最高司令官でもない。
彼女が手を伸ばせば届く距離にレーザー銃があるというのに…。
『そうだ…銃だ。どうして俺はこんな簡単なことに気づかなかったんだ』
しかしジュリエットの位置からでは多少手を伸ばそうともレーザー銃には届きそうにもなかった。
凝集された宇宙エネルギーはミレアの内臓を締め上げはじめた。泣き声がとまり彼女の唇からは苦痛の声とともに血の糸がツーっと垂れる。判断能力を喪失した彼女にはその痛みを理解できても何が発生しているのか理解することはできなかった。
ひとつ幸運だったのはミレアの苦しみを少しでも長引かせるために、レティシアが少しづつしか内臓にダメージを与えなかったことである。
しかしレティシアの気まぐれひとつでこの状況はすぐに変わる。
手が届かないレーザー銃。
だが方法はある。
床に落ちているレーザー銃がカタカタ…と震動をはじめる。まるで銃だけに地震が起こったかのように。
最後の審判に酔いしれているレティシアは状況の変化にまだ気づいていない。
残された最後の力を発動すべくジュリエットは懸命に精神を集中していた。サイコキネシスの力でレーザー銃を取り寄せるしかレティシアを抑止する道はないのだ。
『力が…上手く使えない』
いまの負傷した体が超能力の発動に不適なのはジュリエットも理解していた。精神波の乱れが彼にはわかる。重傷の体では宇宙エネルギーの凝集も上手くいかない。
成功させるしかないのだ。あるいはレティシアの過ちをむざむざ見過ごすかのどちらかである。
とかく意識を覆いがちになる暗闇のカーテンを追い払ってジュリエットは力の発動に専念した。
『頼む…』
カタカタと震動する銃はその激しさを増し、やがては目に見えぬ糸にでも引かれているかのよう床の上を滑り出して、瀕死の超能力者へと導かれていった。
右手に納まるレーザー銃。
ジュリエットは手首を少し上向きに曲げて銃口をレティシアへと定めた。
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