第108話 師匠

『ジュリエットよ』心のなかで師匠は語りかける。『偉大なる力には偉大なる義務が伴う。おまえは儂から力の伝授を受けるときに、その教えを受け入れたはずじゃ』


『師匠…私には何が正しくて何が正しくないのかもうわからなくなりました』


『力を持つ者はそれに相応しい強い意志がいる。おまえが大切に思っている女は不相応に強大な力を手にしたがゆえに人が変わってしまった。力の海に溺れているのじゃ。そしてそれはおまえの責任でもある』


『私は…』


『二人で偽りの幸せに浸るのもよかろう。しかしおまえはあの女と同じく、いつの日か心のなかにエゴが生まれ他人に犠牲を強いることになるじゃろう。「守る」「助ける」という自己欺瞞の言葉を使ってな。すでにおまえにはその兆候がでておる』


『私には人に手を差しのべることが悪いこととは思えません』


『それが自分自身に手を差しのべるための欺瞞でなければそのとおりじゃ。しかしいまのおまえはどうだ。勘違いするではないぞ』


『…しかしレティシアの気持ちに偽りはないはずです』


『おまえはあの女に生きる希望を与えた。その希望が生への執着をうみ、心の中に残酷な花を咲かせた。その土壌をつくった責任はおまえにある。いまやあの女にとっておまえは自分のおこないを正当化し自己満足に浸るための手段にしかすぎん。もはやおまえの知るレティシアは死んだのじゃ』


『………』


『おまえが取るべき道は二つ。儂の教えを捨て二人で偽りの幸せに浸るか、あるいはあの女を正しい道に導くか…どちらかじゃ』


『いまの私には彼女を正しい道に導く力がありません』


『おまえはやはり出来の悪い弟子じゃ。力で直接あの女を導こうとするではない。よく考えて行動するのじゃ』師匠の姿が消え去るときに最後の言葉が響いた。『おまえにとっては辛い道になるであろう』

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