第107話 ジュリエットの取るべき道とは?
女の泣き声。
『誰だろう…?』
ジュリエットの意識がうっすらと回復する。
瞳に映るのは泣き崩れるミレアと、低い声ながらも嘲笑を響かせるレティシア。
『夢?』
しかしながら蘇る胸部と腹部の痛み、そして胸が詰まったような息苦しさはこれが現実であることを示していた。
痛みは生きている証。
自分が意識を失っている間に何があったのだろうか。
ジュリエットはその場から立ち上がろうとするが、体は意思を受け付けず腕を少し動かすのが限界であった。動作による負担が鋭い痛みとむせかえるような咳をもたらす。
「ジュリエット?」
レティシアは意識を取り戻したジュリエットに気づくと、精神攻撃を中断し、彼の脇に跪いて上半身を抱き起こした。
「あなたはもうすぐ地上で手当を受けられるのよ」
「きみは…」彼の知る高等弁務官とはまるで別人にしか思えない姿にジュリエットは確かめずにはいられなかった。「…いったい、あの人に何をしたんだ?」
「彼女が背負う十字架を降ろしてあげたのよ。あの人は美しく素直な心で最後を迎えることができるわ。きっと私に感謝しているはずよ」
さらりと言ってのけるレティシアの瞳は澄んだ色をしていた。そこには一片のやましさもない。
ジュリエットはすべてを悟った。
「力を悪用したんだ…」彼は信じられぬ思いで呆然とした眼差しをレティシアに向ける。「きみは人の心を玩ぶために力を悪用したんだ。俺には…信じられない」
ミスティアル人が固く戒め、超能力の師匠が常々ジュリエットに言い聞かせてきたことを、レティシアは平然とやってのけたのだ。
「そうじゃないわ、ジュリエット。私はあなたを守るためにテレパシーを使ったのよ。そして彼女の心の闇を取り除いてあげたのよ。それのどこがいけないことなの」
「…きみは本当にレティシアなのか?」
問い詰める視線に彼女はジュリエットの上半身を抱き寄せた。
「私たち生き延びるために戦っているのよ。そのためには残酷なことだってしなければいけないわ。私は…あなたを守りたいのよ。あなたの嫌な思いは後で私が忘れさせてあげる」
「レティシア」すべてが正しい方向に戻ることを願って彼は言った。「もうやめるんだ。いまならまだ引き返せる」
「ジュリエット、以前あなたは私を守るためにはあの人を犠牲にしても仕方がないと思ったことがあったはずよ」
眠っているジュリエットの心を透視したことのあるレティシアには彼の思考・感情をすべて…とはいわないまでもかなりの程度まで知り尽くしていた。
「それは…」
「お願い、すべてを私に任せて。あなたは何も心配しなくてもいいのよ。罪悪感なんて時の流れが消し去ってくれるわ」
ミレアに最後の審判を下すべくレティシアは行動を開始した。
「レティシア!」死刑執行人の背中にジュリエットは胸の痛みを堪え忍んで叫びつける。「やめるんだ!」
死にかけの体では物理的に彼女をとめることができない。立ち上がることすらできないのだ。
押し寄せてくる失神の波にジュリエットは目をこじ開けた。
今度意識を失えば、次に目覚めるときは高等弁務官の亡骸を見るときである。あるいは…自分自身がもう二度と目覚めることのない状態に陥ってるのかもしれない。
『力が使えれば…』
いや…無理をすれば一度だけ使えるのはわかっている。しかしレティシアを抑止できる程のレベルではない。
一度だけの超能力。
『師匠、俺はどうすれば…』
レティシアの行動を見て見ぬふりをして二人で地上に抜け出すという手もある。
高等弁務官の口が永久に閉ざされるというのであれば、正体を隠してラザフォードで生活を共にすることすら可能かもしれない。
レティシアと共に過ごす日々は満ち足りたものとなるにちがいない。
それは人工冬眠装置で宇宙を彷徨い、そして超能力者への弾圧から逃れるために孤独な逃亡を続けたジュリエットにとって、渇望してやまないものなのだ。
目を閉じ耳を閉じればすべては終わる。
求めるものはすぐ目の前にある。
何を悩む必要があるのだろうか。
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