第78話 二人の女性のどちらを選ぶべきか?
『…どうすればいい?』
自動操縦プログラムをいじるジュリエットの指先はあまり滑らかではない。
『時間稼ぎもせいぜいあと三十分が限界だ。それ以上は高等弁務官がしびれを切らすだろう』
プログラムの変更処置を口実にジュリエットは機動歩兵コクピット内で時間稼ぎをおこなっていたが、高等弁務官に対して何らかの解決法を講じないことには、事態が良い方向へ流れることはない。
ジュリエットはいかなる手段をとるべきか迷っていた。
『手段は端から決まっている。テレパシーで心を操作するしかない。あとは俺自身がその方法を納得するかどうかだ』
人間に残された最後の神聖な場所。
反地球活動調査委員会のカミンスキー委員長は、超能力者の取り調べにあたって人間の心をそう定義づけた。
『たしかに俺はミルヴェーデンの恐怖心を和らげるために少しばかり感情を操作した。人工生命体の攻撃手段を知るために表層意識を透視した。だが…いまからやろうとしていることは弁解しようのない冒涜行為だ』
機動歩兵の足元で待機しているミレアは両腕を組み、作業が終了するのはまだかといわんばかりにコクピットを見上げていた
そのうちにしびれを切らして出発を命じてくるだろう。ジュリエットには目に見えていた。
『要するに…俺としては高等弁務官かレティシアのどちらかを選ばなければいけないわけだ。高等弁務官を選べば救出したことを感謝され俺の逃亡生活にも若干の余裕ができる。レティシアを選べば心の操作という冒涜行為に手を染め、いずれはレティシアの正体のみならず俺が超能力者であることも発覚する。それで俺が得るものは?』
超能力で人工生命体を始末しろと冷静な理性がジュリエットの思考に割り込む。
ラザフォードで逃亡生活を営むにあたって高等弁務官への人脈以上に大切な何かがあるというのだろうか。レティシアとラファエル…もう少し無理をしてリリスとかいう人工生命体を抹殺すれば高等弁務官の自分に対する評価は鰻登りになるはずだ。
中尉に昇任できるかもしれない、給与も特別に昇格するかもしれない、そして何よりも欲してやまなかった人とのつながりができるかもしれない。
『…それは違う。俺が本気でその気になれば力ですべてを手にいれていた。高等弁務官への人脈だって初めて会ったときにテレパシーを使用していれば簡単に築けていたはずだ』
そろそろ楽な人生を歩んでもいい頃ではないのかと、もうひとりのジュリエットがせっつく。発覚しないように超能力を使用すればいいだけのことであり、この力で人生を楽しまずにコソコソ生きるのはたしかにもったいない。
レティシアとラファエルの二人は人工生命体ではないと心を操作するだけではなく、高等弁務官の目を自分に向けさせ愛してやまなくさせることさえできる。テレパシーを使えばそれが可能だ。
『…そんなことに何の意味がある。俺の関心はレティシアだけだ。高等弁務官に俺の何がわかるというんだ。超能力者だとわかれば手のひらを返したような態度をとるに決まっている。俺が求めているのは俺のことを本当に理解して受け入れてくれる者の存在だ』
ジュリエットの心の中ではレティシアのためには高等弁務官を犠牲にするのもやむえないという考えが固まりつつあった。
『この罰はいつの日か俺に身に降ってかかるだろう。だが俺はそれを甘んじて受ける。俺は…いまの自分の気持に嘘はつきたくない』
「…我々を見捨てる準備でもしているのか?」
現実へと引き戻されたジュリエットはいつのまにかラファエルがコクピットへと入り込んでいることに気がつく。
彼は「時間稼ぎだ」と声をおとして答えた。機外にいる高等弁務官に聞かれてはまずい。
「時間稼ぎ…?」
「少し声をおとせ」ジュリエットは注意する。「高等弁務官がおまえとレティシアの正体に気づいているぞ」
ラファエルの無表情は相変わらずであったが、次の言葉まで少しばかり間があいたのは、彼なりの感情を示すサインのように思われた。
「なぜだ?」
「おまえが所内メールの消去を怠ったからだ」
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