第77話 ラファエルをテストする高等弁務官

『戦闘プログラムの変更というのは、それほど時間がかかるものなの?』


 機動歩兵の足元に立つミレアは両腕を組み、開放された状態のコクピットを見上げている。


 脱出には戦闘プログラムの変更が必要だと告げるジュリエットの言葉に彼女は同意せざるえなかった。


 軍を統括する立場にあるとはいえ、現場の人間でもなければ軍人でもない彼女に機動歩兵の技術的・運用的知識があろうはずもない。


『それにしても…長く感じられるわね』


 靴の爪先でコツコツと地面を軽く叩くミレアは苛立ちが全身を包み込んでいる。


 それが焦りなのは彼女自身自覚していた。1秒でも早くここから抜け出したいという焦りであった。


 人工生命体の恐ろしさは体験済みである。もしラファエルとレティシアの二人が本当に人工生命体であり、逃げだそうとしているいまの行動に気づけば…。


「高等弁務官…」


 自分を呼ぶ名に振り返るミレア。


 声の主がラファエルだと知り彼女の心臓は大きく脈打つ。


 人工生命体のラファエル。


 ミレアは彼が人間であると思い込んでいたときと動揺に、自然な表情を取り繕うとするものの、ぎこちなさは避けられなかった。


「部屋でお休みではなかったのですか?」ラファエルは開かれたままのコクピットを見上げた。「ルクレール少尉はあそこですか?」


「ええ…」


 正体に気づいたことをラファエルが知ればこの場で殺されかねないと思いミレアの言葉はどこか緊張感に満ちていた。


「私は彼に用件がありましてね」


 そう言うとラファエルは足を進める。


 このときミレアのなかで恐怖を越えた何かが弾けた。


 決定的な証拠を得たいという欲求が。


「ラファエルさん」ミレアは恐怖を押し殺して相手に訊ねた。「ラザフォードに来られたのはいつ頃ですか?」


「かれこれ三年前ですね」


 背後を振り向いたラファエルはさらりと答えた。


「フレーザー最高執政官が辞任した年…ですね」


「そういうこともありましたね。この地下で勤務していると時間の感覚がずれてくるものですから、つい先月のように感じられますよ」


 この返答でラファエルとレティシアが人工生命体であることをミレアは確信した。


 歴代最高執政官のなかでフレーザーという名の者は存在しない。そして三年前に最高執政官のポストにいた者は辞任していない。


「何か問題でも?」


「いえ…興味本位の質問ですのでお気になさらずに」


「………」


 ラファエルはウィンチを使用することなく機体の各所にある突起構造を足場・掴み場にして器用にコクピットへとはい上がっていった。


 それは彼がやはり普通ではないことを示すものであり、ミレアの確信を深めさせるだけであった。

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