第69話 哀れみは限りなく愛に近い
「ある文芸家がこう言ったそうだ」なぜこの男は恐れないのだろうかと思いながらラファエルは言葉を続けた。「『憐れみは限りなく愛に近い』と」
「…何が言いたい?」
「できることなら私も感情の波に溺れたいものだ。感情で自分を見失い幸福というものがいかなるものなのかこの身をもって体験してみたい」
『レティシアはこの男の特別な力を知ることができたのだろうか?』
人工生命体であることを知りつつもジュリエットが自分を恐れないことに、ラファエルは違和感を感じずにはいられなかった。それに催眠術を破った件もある。
「おまえの講釈はどうでもいい。俺がレティシアをどう思おうとそれはおまえには関係のないことだ」
「私には私の都合というものがある。おまえの存在とレティシアの裏切りは私の計画を著しく狂わせた。だから計画は正しい方向に修正されなければならない」
ラファエルは右手の指をピンと伸ばし右足を一歩前へと踏み出した。彼の特殊能力たる真空カッターでジュリエットの首を切断するために。
「俺はおまえと敵対するつもりはないと言ったはずだ」ジュリエットはラファエルのよからぬ企みを指摘した。「俺をあまり追い詰めるな。必要もないのにおまえを殺したくはない」
「人間の口からそういうセリフを聞かされるとは思わなかったぞ」ラファエルの口からククッ…と押し殺したような笑い声が漏れる。それは彼がジュリエットにはじめて見せる感情的な反応だ。「おまえはじつに興味深い。許されるものなら膝をまじえて話しあってみたいものだ。だが状況がそれを許さないのでね」
ラファエルはさらに一歩踏み出した。
ジュリエットはたじろぐことなくその場で精神を集中させる。それはテレパシーの発動であった。
『なるほど…』
誓いを破ったジュリエットはラファエルが成そうとしていることを待ち受けた。
ジュリエットの間際まで近づいたラファエルは右手を右から左へ一文字を切る形でサッと動かした。
だがその動きよりも一瞬速くジュリエットは上半身を沈めてラファエルの特殊攻撃を回避する。
切断された髪の先端が宙を舞う。
「やれやれ…あやうく首を落とされるところだったよ」ジュリエットは沈めた上半身をもどすと余裕のある態度でぼやいてみせた。「真空カッター、か…ここに来るまでに見かけた首なし死体は全部おまえの仕業ということだな」
ラファエルは数歩後ずさると油断のない眼差しでジュリエットを眺め次なる攻撃方法を思いめぐらせる。
「やはりおまえには何か特別な力があるようだな」
「当ててみろよ」
ラファエルは自分の能力に目覚めてから久しく感じていなかったものを感ずにはいられなかった。
そう…彼は少しばかり動揺していた。
ラファエルは再度の攻撃をおこなうべく跳躍ともいえる速度でジュリエットに迫る。
肉体硬化を駆使して相手を串刺しにする腹づもりであった。硬化作用で鋼鉄並の強度と化した右腕をラファエルは槍を突き出すがごとく放った。
ジュリエットはサイコキネシスを発動させラファエルの体全体に宇宙エネルギーを照射する。
いままさにジュリエットを貫こうとしていた人工生命体は目に見えぬ衝撃にさらされて数メートル跳ね飛ばされた。
「…ようやく理解できたよ」苦々しく口を開くラファエル。立ち上がるその姿はどこかぎこちないものがあった。「おまえは超能力者だな」
「わかればそれでいい」ジュリエットの余裕ある態度に変わりはなかった。「おまえと争うつもりはない。だから俺を本気で怒らせるな。俺の力はいま身をもってわかったはずだ。警告しておくがこれが力のすべてというわけじゃない。だからつまらぬ考えはやめた方がいい」
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