第68話 弱さは人間の証

『いったい俺は何をしようとしているんだ…?』


 通路を歩きながらジュリエットは自問自答した。


 レティシアのために何かしてあげられないかと考えている自分がいまさらながらに信じられなかった。


『高等弁務官はどう考えるだろうか…いや、レティシアのことを高等弁務官に話しては駄目だ』


 人工生命体であるレティシアの正体を高等弁務官が知ればいかなる処置を命じるかは想像に難くない。


 レティシアの言葉を信じるのならば彼女はまだ誰も殺していない。だからとはいえ人工生命体である彼女を手引きして地上に連れて行くことは明らかに反逆行為である。


『いや、そうじゃない。俺が受けた命令は偵察と高等弁務官の救出だ。人工生命体の抹殺じゃない』


 では他の人工生命体をどうするべきか。


『…勝手に地上に出ればいい。俺が邪魔だてすることじゃない』


 そうはいっても自分の身勝手な都合が高等弁務官やラファエルに通用するはずがない。


 もしこの二人のいずれか、あるいは両方が邪魔だてすれば?


 あまり導き出したくない答を思案しながら歩いていると、ジュリエットはもう一人の人工生命体が前から歩いてくるのに気がついた。


「ルクレール少尉、レティシアを見かけなかったですか?」


 ラファエルの口からレティシアの名がでるとジュリエットの表情は自然と険しくなってくる。反乱に引きずり込みその罪に連座させるやり方が許し難いものに思えたのだ。


 そして彼はラファエルに言わざるえなかった。例えそれが引き返しのきかないものだとわかっていても。


「彼女を巻き添えにするのはやめろ」


「巻き添え?」


「芝居はよせ。おまえが人工生命体なのはわかっている」


 ラファエルの顔から生き残り研究員の演技色が消え失せると、何の感情も見いだせない透明色の冷ややかさが満面を覆った。


 美しい容貌はいままでとは違った際だちを強調しているようにも見えた。


「なるほど…レティシアが裏切ったか」


「そういう言い方はやめろ。レティシアはおまえたちの反乱には反対だった。だから裏切ったわけじゃない。おまえが勝手に巻き込んだだけだ」


「意思の弱い者は簡単に旗色を変える…私にとってはいい教訓だな」


「おまえに敵対するつもりはない。地上に出たければ勝手に出るがいい。邪魔だてはしない。だがレティシアを巻き添えにするのだけはやめろ」


「レティシアひとりの力で地上に脱出できるとでも考えているのか」


「彼女は俺が地上に連れ出す。おまえは自分のことだけ考えていろ」


「随分とレティシアにお熱のようだな、ルクレール少尉」ラファエルは感情の希薄なその顔に冷笑を浮かべた。「彼女の弱さに同情してその身の上を憐れんでいるのかな。しかしそれが人工生命体としての彼女が有する特殊能力だとすればどうする」


「弱さは人間の証だ」


「残念ながらレティシアは人工生命体だ」


「違う、俺にとって彼女は人間だ」


 このときラファエルはジュリエットにある種の違和感を感じていた。


『なぜ、この男は私を恐れない?』


 研究員は皆が自分を恐れていた。


 どれほど上辺を装うともラファエルにはわかっていた。人を超越した能力が賞賛とともに恐怖を認識させたことを。反乱を勃発させたときに戦った相手も皆そうであった。


 そしてスタブロフ所長。


 あの男が自分をいちばん恐れていたといっていい。


 だが二度と恐れることはないはずだ。ラファエル自身が手を下したのだから。

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