第66話 何のために生まれてきたのか?
「だがきみは反乱を勃発させた者たちの構成員だ。仮にきみ自身が手を下していなくても集団がおこなった罪はきみにも及ぶ」
「私は未熟な超能力者。とてもあなたの力には及ばない…」レティシアは自身の能力を淡々と告げた。「あなたは他の人にはない偉大な力を持っているのに、自分の心を偽り自身を貶めている」
「…自己欺瞞はお互い様だろ。きみが俺のことをとやかく言う資格はないはずだ」
「ではあなたが望むことを私にしなさい。あなたの力に抵抗できるほど私の能力は発達していないから。だから…あなたが本気で力を使えば私はすぐに命を失う。この反乱がなくてもいずれ失敗作として廃棄処分される運命なのだから、いまあなたに殺されたとしてもそれは早いか遅いかの違いなだけよ」
「たいした心構えだ」ジュリエットは超能力発動のために精神を集中しながらも無意識のうちにレティシアの身の上を知るための質問をした。「きみはどの種族との遺伝子合成なんだ?」
死を素直に受け入れようとするレティシアはまるで哀れむような眼差しでジュリエットを見つめる。彼にはそれがどこか気に入らない。
「あなたが思っているような種族ではないわ。この惑星の種族ではないから」少しでも楽な死を迎えるためにレティシアは全身の力を抜いた。抵抗は苦痛をもたらす。「宇宙の偉大な種族…あなたを偉大な力へと導いた聡明な種族」
超能力発動のための精神集中がピタリと止まった。
「彼らの名前を嘘のために使うな」
黒い逆流はジュリエットの瞳にまで溢れ感情を押し留めようとする理性の壁は崩壊していた。
「ではあなたが科学者だとしたら超能力目的の人工生命体を製造する為にどの種族を選ぶの?」間近に迫った死やそれをもたらす者の逆鱗に触れてもレティシアの落ち着き払った態度には変化がない。「超能力の素質に最も適した種族…彼ら以外の種族にその素質がありえると思うの?」
「きみの言っていることが本当だとして、おそらくその合成種族はミスティアル三種族のなかの有翼種だろう。だがきみには…翼がない」
ジュリエットはレティシアの言葉が嘘であることを心底望んでいた。超能力を教え導かれた尊敬すべき種族に死の刃を向けるのは考えられない。例えそれが合成生物であろうと。
「私には翼がない超能力も未熟その理由はわからないわ。地球人とミスティアル人の遺伝子合成そのものが初めから不可能だったのかも…だから失敗作なの。他の人工生命体は計画通りの成果をあげているのに私だけは普通の人間と大差がなかった。だから科学者のなかには私の廃棄処分を主張する人たちがいたわ」
「………」
「私はこの反乱には初めから反対だった。でもラファエルもリリスも私の言うことには耳を貸してくれなかった。二人は地上に出て自由になりたかったのよ。遺伝子合成の実験体としてではなく尊厳ある個人として。でもあの二人は追い詰められていた。二人の能力に脅威を感じた人たちがもっと警戒が厳重な施設…他の星系に二人を移送しようとしていたから」
リリスという名に他にも人工生命体がいるのだろうかとジュリエットは疑問に思った。黒い逆流は少しばかり静まる気配を見せる。
「…きみは移送される予定はなかったのか?」
「失敗作の私を脅威だと思う人は誰もいなかったわ。でもいずれは廃棄処分で失敗作の標本になっていたのは確かでしょうけど」
「なぜ反乱に反対だった?」
「私に人を殺すことはできない。それに映像でしか見たことのない世界で生きていくのは無理よ。私にはできない。そもそも私に生きるという選択肢はないのよ」
「なぜ?」
「この反乱がなくてもいずれ私は廃棄処分される運命だった…反乱が失敗しても同じ運命が待ち構えているわ。成功したとしても地上で生きていける自信はないし、それ以前に追跡されて殺されるかもしれない。そして…いまあなたに殺されようとしている」
「………」
自暴自棄の論理だがそれが必ずしも間違っていないことをジュリエットにはわかっていた。
そして彼はいまさらながらに自分が感情に押し流されてレティシアを殺そうとしていたことに呆然となった。
かつて彼の師匠はこう言った。『怒りに身を委ねて人を殺めることは自分自身を殺すのに等しい』と。
レティシアの嘘に自分を見失いあやうく必要もない殺生に手を染めるところであった。黒い逆流は霧散しジュリエットは己の幼稚さを自覚せずにはいられなかった。
「地上の人とお話できてとても楽しかった。だからあなたに殺されるのなら素直に死を受け入れられる。でも最後に一つだけ教えて欲しいことがあるの」レティシアは胸の前で両手を組みジュリエットに答えを求めた。「…私は何のために生まれてきたの?」
「………」
「…誰かに殺されるため?」
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