第67話 希望がなければ、苦しむこともない

「それは…」


 ジュリエットは言葉に詰まった。


 突然に冷や水を浴びせられたかのごとく、黒の逆流と殺意は霧散していた。


「…誰かに殺されるため?」


 ジュリエットは無意識のうちに目を反らせた。気のきいたセリフはとてもではないが思いつかない。


「きみの生い立ちはとても理不尽だと思うよ」彼は目を反らせたまま辿々しく話し出した。「きみをつくりだした者たちはきみの人生に責任を持つべきだ。だから責任を持てないような無責任な者は…その報いを受けても仕方ないと思う」


『俺はいったい何を言ってるんだ…』


 人工生命体の反乱を正当化するような発言に、自分のことながらジュリエットは驚かずにはいられなかった。


「上手く言えなくて…ごめん」言葉を編集しようとするが故障したコンピューターのようにぎこちない返答しかできない。「きみを殺すつもりはない。だからきみも悲観的な考えで自分から死を望むようなことはやめた方がいい」


 レティシアは何やら不思議そうな表情を浮かべ、いまにも爆発しかねなかった相手が、突然気弱な態度に出たことを理解できずにいた。


「私が生に固執してもいつかは誰かに殺される…それが私の運命なの」


「運命なものか!」突然の怒声にレティシアはビクッと反応する。「地上では超能力者は弾圧の対象となっている。だから俺は自分の正体が発覚して捕まれば死刑かロボトミー手術だ。だがその状況に悲観して自ら死を望んだことは一度としてない。なぜなら生きていればこそ…生きていればこそ幸せになれるから」


「あなたは…とても残酷な人」レティシアはポツリと呟いた。「希望がなければ苦しむこともないのにあなたは私を苦しめようとしている」


「苦痛は生きている証だ。だからこそ幸せを感じることができる。いまのきみは生きているとは言えない」


「なぜ…」ジュリエットの態度が変わった理由をレティシアは聞かずにはいられなかった。「…なぜなの?」


 二人は無意識のうちにお互いの瞳を見つめ合った。


 自分の考えが豹変した理由をじつはジュリエット自身も完全には掌握できずにいた。


 同情…いや、それだけではない。


「超能力者の俺と人工生命体であるきみの立場は似通っている。ともにこの世界では異端的存在だ」ジュリエットはレティシアの疑問に答えるべく口を開いた。「だから…俺ときみは理解しあうことができる」

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