第65話 憎むべき敵であればこそ

「なぜ俺の心を透視しようとした?」


「ラファエルがそう命じたから。あなたは彼の催眠術を破った…だから彼はあなたに何か特別な力があるかもしれないと考えて、私にそう命じたわ」


「…きみの同僚と称しているあの男も人工生命体なのか」そしてジュリエットは言った。「…催眠術?」


「彼の特殊能力のひとつ…人を意のままに操る力。テレパシーとは異なるものだけど作用としては同じようなものよ」


 ジュリエットには思い当たる節がある。


 ラファエルと話をしているときに突然得体の知れない頭痛が襲ってきた。あれが催眠術とでも言うのだろうか。自分ではそれと気がつかないうちに何かラファエルの都合の良いように操られていた可能性はある。


 ジュリエットは改めてレティシアを眺めた。


『人工生命体…』


 その名が示すような不自然さは赤毛の少女のどこにも見受けられない。


 ラファエルもそうであるが容貌的なものだけでいえば二人とも美男美女の部類に属する。いや…その完成された特徴こそがまさに人工的なものである何よりの証左なのかかもしれない。


 だがその美しさが事実であると同時に、首なし死体の存在も、機動歩兵のコクピットで無惨な最後を遂げていたベルトーニ軍曹の存在もまた事実なのだ。


「人を傷つける嘘があれば人を幸せにする嘘もある…か」ジュリエットは以前レティシアに聞かされた言葉を口にする。「きみの嘘を受け入れるには俺の器量は少しばかり小さいかな」


 トーンこそ穏やかではあったが彼の心の奥底では黒い逆流が噴出しはじめていた。


 弱さを演出して罠のなかへと引きずり込む手法に怒りを感じると同時に、まんまとそれに乗せられた自分自身の不甲斐なさが許せないのだ。


 それに加えて彼自身が最も嫌う心の透視は怒りの炎を煽る結果となっていた。


「きみの話してくれた嘘の哲学は興味深かったよ…だからこういう形でしか出会えなかったことを残念に思う。本当に残念だよ」


 黒い逆流はジュリエットの心を覆い尽くし理性的であろうとする努力はもうひとりの自分によって踏み潰されていった。


 地球世界に帰還してからこれほどまでに感情の波にのみこまれるのは初めてであった。もうひとりのジュリエットはレティシアの贖罪を欲しておりそれは死以外にはありえないのだ。


「何人殺した?」


「………」


 レティシアは答えない。黙ってうつむいたままである。


「いまさら隠し立てすることもないだろ」


「一人も…まだ一人も」レティシアは顔を上げジュリエットの瞳を見据えた。彼女の顔にはもはや悲痛の色はなく諦めきったのか、あるいは何かを悟ったのか、とても落ち着いた表情をしている。「あなたに信じてもらおうとは思わない。でも…いまのあなたにとって大切なのは自分を納得させる理由だから、私がゼロ以外の数を口にするのを望んでいる。例えそれが嘘の数字であっても…」


 超能力の防護シールドを心に張り巡らせているから考えていることがレティシアにわかるはずがない。しかしこの少女は的確にジュリエットの心理を言い当てていた。


「なぜ俺が自分を納得させる理由が必要だと思う?」


「それはあなたが私の死を望んでいるからよ。そのためには私が罪のない誰かを殺している必要がある。その前提があればあなたにとって私は憎むべき敵であり、殺しても何の罪悪も感じずにすむから」


「だがきみは反乱を勃発させた一団の構成員だ。仮にきみ自身が手を下していなくても集団がおこなった罪はきみにも及ぶ」


「私は未熟な超能力者。とてもあなたの力には及ばない…」レティシアは自身の能力を淡々と告げた。「あなたは他の人にはない偉大な力を持っているのに自分の心を偽り自身を貶めている」


「…自己欺瞞はお互い様だろ。きみが俺のことをとやかく言う資格はないはずだ」


「ではあなたが望むことを私にしなさい。あなたの力に抵抗できるほど私の能力は発達していないのだから。あなたが本気で力を使えば私はすぐに命を失う。この反乱がなくてもいずれ失敗作として廃棄処分される運命なのだから、いまあなたに殺されたとしてもそれは早いか遅いかの違いなだけよ」

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