第43話 人間とはかくも簡単に騙される生き物

 ドルジ曹長はディスプレイを通じてその男を眺めていた。機外カメラが映し出す女性的な輪郭は、性別の判別が一目ではつきかねた。


 彼がいま感じている率直な気持は、謎めいた研究施設における生存者らしき人物を発見できた喜びよりも、およそ自分には無縁であろう端麗な容姿に対する軽い嫉妬であった。


「小隊長と同じ系列の顔、か」


 そしてドルジは機外マイクと集音装置の機能をオンにすると生存者と思わしきその人物に語りかけた。


「おまえは誰だ?」


「私はここの研究員だ」ブロンドの男は機動歩兵の顔部分を見上げながら声高に話した。「あなたは我々の救出に来てくれたのか?」


「救出? 高等弁務官の救出命令は受けている。それにこの施設の偵察もな。…いったいここで何が発生したというんだ。先日から通信が途絶状態で出入口もえらく頑丈な扉で閉ざされていたぞ」


「反乱だ」


「反乱?」


「詳しい話をする前に…少し手助けしてもらえないだろうか」男は何やら気弱な様相を見せる。「私の同僚がケガをしている。もし医療キットのようなものをお持ちなら非常に助かるのだが」


「その同僚はどこにいる?」


「そこの部屋だ」


 男が指さすのは十メートルも離れていない場所にある扉であった。


「応急手当程度の医療キットしかないぞ。それでも構わないか?」


「頼む」


 機動歩兵のコクピットにはパイロットが戦闘で負傷したときのために簡易医療キットが備わっている。ドルジはそれを掴むとコクピットのハッチを開き、片足が乗る程度のウィンチで通路に降下した。


「ケガの様態は? この程度のキットで大丈夫なのか?」


「………」


 相手は何も答えない。


 ブロンドの男にはなぜか先程の気弱な様相が存在せず、打って変わったような無表情の顔と冷ややかな瞳はまるで別人のようであった。


「なぜ黙っている?」


「…人間とはかくも簡単に騙される生き物なのか」


「どういう意味だ?」


 言葉で返答する代わりにドルジの首を横切る形でラファエルは右手をサッと動かした。それはあたかも手で空を切るような動きであった。


 次の瞬間、パイロット用ヘルメットに防護されたドルジの首から上は、切れ味のよい包丁が野菜を切断するかのごとくヘルメットごと胴体部から切り離され頸部動脈からは血が勢いよく噴き出した。

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