第29話 次なる策は機動歩兵の投入

「…ようするに制圧作戦は失敗したということですか」


 フェレイロは寝不足気味の右目を指で擦りながらバラミール作戦部長から聞かされた報告内容の所見を口にする。


 さきほど終わったばかりの朝食のコーヒーは濃いブラックであったがいまだ目覚めの脳には効果がでていない。


「失敗ではありません…状況が確認できないだけです」


 バラミールの返答を副高等弁務官は鵜呑みにできなかった。


 そもそもなぜ防衛軍司令と軍務局長はこの場にいないのだろうか。フェレイロがその疑問をストレートに口にすると「機動歩兵隊長とミーティング中ですので代わりに私がご報告に参りました」という返答が帰ってくる。


「研究所の制圧が完了していたのならリー准将がこの場で報告していたのでしょうね。バラミール中佐は失敗したときの弾よけですか」


「………」


 さらりと口にする副高等弁務官の皮肉に作戦部長は返す言葉がなかった。何もフェレイロはバラミールを責めているのではない。


 今回の事態を通じてリーという人物がわかりかけてきたのだ。ようするにかの人物は軍人というよりも役人なのだ。


「いまは非常事態です。つまらぬことで時間を浪費するのはやめにしましょう」ファレイロは驚くべき程前向きな姿勢を示した。「状況を要約すれば突入したアンドロイド部隊への遠隔操作が通信妨害で不可能となり、自立行動プログラムへの変更後は現在に至るも帰還する機体が一体も存在しない…そういうことですね?」


「はい…仰る通りです」


 原則として自立行動プログラムへの変更をおこなった場合は、ある一定時間が経過すると事前にプログラミングしてある地点に帰還するようになっている。いつまでも放し飼いにして軍用アンドロイドを無統制状態にするわけにはいかないからだ。


 突入した1個小隊のアンドロイドがいまだ帰還せずにいる。これは防衛軍司令部にとって由々しき事態であった。研究所内ではいまだジャミングが継続されている状態なので通信が回復せず、アンドロイドのセンサーを通じて状況を掌握することができないのだ。


「全滅、と考えるべきでしょうかね」


 バラミールとしては確たる証拠がないのにその二文字を受け入れるわけにはいかなかった。


「私としては確認がなされるまで全滅と申し上げることはできません」


「しかしその確認をどういう手段でおこなうのですか。新たに1個小隊のアンドロイドを投入するつもりですか?」


「現在のジャミング下ではもはやアンドロイドを投入するわけにはいきません。人間の目で確認する必要があります」


「人間…ですか」


「司令部は次策として機動歩兵の投入を検討しております。むろんジャミング下なので通信が途絶することに変わりがありません。しかしながらただ単純に兵士を投入するよりは機動歩兵という殻によって防護された兵士を投入する方がよりベターだと考えております」


「今度何かあれば犠牲者がでることになりますね」


 フェレイロは機動歩兵投入のデメリットを素早く読み取っていた。


「それが彼らの仕事ですから」


 アンドロイド1個小隊が全滅したところで味方の兵士に犠牲はでないが、機動歩兵はパイロットが搭乗しているだけに死者の発生する可能性があった。


「作戦部長としては研究所内の状況をどうお考えですか? なぜ我々に敵対的な行動をおこなうのか私にはまったく理解できないのですが」


「正直申し上げれば何とお答えすればよいのかわかりません。あまりにも情報が少なすぎますから」バラミールは心中を正直に打ち明けた。「ジャミングをおこなう能力があるとまでは予想がつきませんでした。研究所にしては防御機能があまりにも厳重すぎるように思えます。それに…ジャミング直前までの送信映像を分析する限りではひとつおかしな点が目につくのですが」


「おかしな点とは?」


「通路が巨大なのです。機動歩兵が移動できる程の大きさですよ」


「それは資材搬入用通路だからではないのですか?」


「いえ、地下第一層の通路ほぼすべてが巨大なサイズなのです。それに何の意味があるのかは不明ですが」


「機動歩兵の研究でもしていたのですかね…?」


「ただの研究所でないことだけは確かですね」


 フェレイロは先日の会議の席上において科学局長が『…以前からあの研究所では遺伝子関係の実験をおこなっているという噂がありましたから』という発言をしていたことを思い出す。それが本当だとすれば機動歩兵の研究所ではないことになる。


「機動歩兵の投入で事態が解決できないようならば私としては他星系の連合軍基地に支援を要請せざるないと考えています。これに対して防衛軍司令部としては何か異議などありますか?」


 他星系の連合軍基地に支援を要請するということは、すなわちラザフォードに駐留する部隊では事態に対処できないということを認めるようなものである。


 むろん専門の器材、専門の人材を投入する方が最も理想的なのは言うまでもない。


 だが防衛軍司令部の立場はどうなるのだろうか。


 たかだか地下の研究施設に軍用アンドロイドも機動歩兵も駄目でしたというのでは、その特殊な状況以前に司令部の作戦指導力や部隊運営能力が問われることになる。


 そのような思惑とは裏腹にフェレイロ副高等弁務官は何の躊躇いもなく救援の要請をおこなうであろう。なぜならばこの人物は威信よりも事態解決を優先しているから。


 バラミール中佐は機動歩兵の投入が司令部に残された最後のチャンスであることを改めて思い知らされた。

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