第30話 罪のない嘘と罪のある騙し

「…つまりだな罪のない嘘と罪のある騙しは別物なわけだ」


 二人の機動歩兵小隊長は歩調をあわせながら基地のメイン道路を歩いていた。


 朝食時から延々と続くアヴシャルの男女心理学講座にジュリエットは適当な相づちを打ちつつも、いい加減早く終わってくれないものかと内心で思っていた。


『長いよ…』


 異性絡みの話が嫌いというわけではないのだが、第1小隊長の話といえば「いつもそれだけ」。


 聞いてる側は食傷気味となってくる。


「だから浮気したとしてもその後に本命を抱いていれば許されるわけだよ」


 適当に相づちを打っていたジュリエットもさすがにその言葉には驚きを隠しきれず感情を顔に現した。


 驚き…といっても発言の内容にではない。


 この爆弾男にそのような発言をさせるだけの相手がいるとは思えなかったからだ。


 ラザフォードに着任してからまだそれほど日が経過しているわけでもなかったが、プライベートにおけるアヴシャルの行動パターンが「飲む、打つ、買う」というじつに単純なものであることを彼は知っており、カネにものをいわせて一晩の快楽を買うその姿にはとても本命がいるとは思えなかった。


『口先だけなのかな?』


 そうであってくれた方が精神衛生的に良いというものだ。


 ジュリエットは用事がある旨をアヴシャルに告げると食傷気味の話題から逃れるために同僚の小隊長とは別の方向に足を向ける。


「あの人は女以外に話題がないのかな…」


 あてもなく基地の外柵フェンスを目指すジュリエットはアヴシャルの話ネタにぼやいた。別に哲学を語ろうとまでは言わないが少しは『本能から離れた』話題があってもいいはずだ。


 フェンス間際で足をとめると外の静かな光景が目に入る。


「それにしても…」


 いまだに出動待機の目的が不明なのはなぜだろうかとジュリエットは思った。非常呼集で部隊に出頭させられたまではよかったが、いかなる事態が発生したのか何の説明もないまま基地内に押し込められたままだ。


 昨夜は会議室の床の上で寝袋にくるまって夜を過ごさざるえなかった。隊内生活者ではないから自分の寝床があるわけではなく、空いている隊内のベッドは階級の高い者から占領されていたから、最下級将校の彼には寝袋が支給された次第である。


 夜中に誰かが「アンドロイド1個小隊が出動したらしいぞ…」と会話しているのを寝袋のなかで耳にした。


 そのときは浅い睡眠状態であったのでそれ以上の会話を耳にすることもなかったが、翌朝には「エレボス研究所にアンドロイド1個小隊が突入したまま1体も帰還しない」という噂が基地内に広まっていた。


 もちろん司令部からの公式発表は何もない。


 しかしアンドロイド大隊が発信源と思われるその噂は、基地内に静かな波紋を呼び起こしていた。


 噂に尾ひれがついていたものの新参者のジュリエットにしてみれば、ラザフォードの地下に研究施設のあること自体が初耳であったから噂の真偽を見分ける術はなかった。


 アヴシャルは「アンドロイドの後始末か…俺たちの出番かな」と機動歩兵の出撃可能性を口にしていた。


 だがアンドロイドの噂を耳にはすれど、肝心の敵に関する噂に関しては曖昧な情報しか耳にしないのはどういうことだろうか。


「小隊長!」


 背後から聞こえてくる声に振り返ると第2小隊所属のマコト・ミルヴェーデン伍長が駆け足で近づいてくるところだ。彼は隊長機に同乗するパイロットだから部下のなかでは最も身近な存在といえる。


「ブリーフィングルームへの集合命令がかかりました。作戦会議があるみたいですよ」

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