第28話 見知らぬブロンド男性との遭遇
カツカツカツ…と女性靴の駆け音が通路をかけめぐる。
ミレアはあてどもなく走っていた。ザカリアスの言葉に突き動かされてゴールの見えない逃走に懸命になっていた。
ザカリアスはどうなったのか?
炎、光の球、氷の剣、氷柱…ミレアは生まれて初めて自分のその目で、魔法を目の当たりにした。
お伽の世界にしか存在しないはずのものがこの惑星には存在する。そしてその存在こそ地球連合をしてルーランスに目を向けさせる理由なのだ。
ラザフォードの統治者でありながらミレアが電磁シールドより外に出たのは、プリメシア市への表敬訪問が一度だけで、リーヌ・エルシオンに行ったこともなければ、リリスと遭遇するまでに魔法を目にしたこともなかった。
無数の氷柱に貫かれたザカリアス。
とても五体満足にいるとは思えない。
最初は自分を殺しかねなかったサイボーグがいつしか体を張って自分を守ってくれた…ただただ無事でいてほしいと思う。
いったい人工生命体はリリス以外に何体存在するのだろうか?
ああいう驚異的な力を有する者がまだ他にも存在しているのかと思うとミレアの背筋にゾッと寒いものが走る。サイボーグのザカリアスですら苦戦を強いられたのだから生身の自分の適う相手ではない。
ミレアのうかがい知ることのできぬ秘密セクションは、彼女の赴任するずっと以前に地下研究所を構築し神の領域ともいえる分野に手を染めていた。
あるいは悪魔の領域とでも言おうか。
だが何のために?
もうどれほど逃げたのかも判別がつかないが走ることに疲れ果てたミレアはその場で駆け足をとめると乱れた呼吸を落ち着かせようとする。
地上に戻れば随分とやっかいなことが待ち構えているであろう。この研究所の正体が白日のもとになるのだから。
しかし生きて地上に戻れるのだろうか?
リリスの言葉を信じるのならば地上からの救援活動はすでに開始されたことになる。
高等弁務官府の面々がいかなるプロセスで救援を開始したのか…このような状況にありながらミレアの好奇心が煽られた。
だが救援が到着するまで生き延びることを考えるのが先決だ。
まるでリリスがすぐ背後に迫っているような観念に囚われてミレアは背後を振り向くが、誰かが追跡してくる気配はない。呼吸を整えながら彼女はゆっくりと歩き出した。
どこかの部屋に隠れて救援が来るのを待つしかない。
しかし研究所に関してはまったく知識のない彼女に良い隠れ場所となる部屋がどこにあるのかわかるはずもなかった。
「いかがされましたか?」
突然、背後からかけられた声にミレアの体が無意識に振り向いた。
先程振り向いたときには誰もいなかったはずの通路に男が立っている。ミレアは突然現れた男とその声に心臓が停止するかと思われるほどの驚きを感じた。
だが彼女の驚きの声は喉に詰まって一言も発せられない。
恐怖と不安が心臓の鼓動を高鳴らせ頭はパニック状態に陥る。
「いかがされましたか?」
相手は見事なブロンドの髪。
声で男とはわかるが顔の輪郭や肌は非常に女性的だ。
目の表情は何やら陰った感じがするものの綺麗な瞳をしていた。これが平常下でミレアに平静心があれば相手の美貌に見とれていたことであろう。
男が距離を縮めてきたときミレアは後ろに退こうとするもののパニックのあまり足が言うことを聞かない。
「随分怯えているようですね」
至近距離に迫った相手はミレアの様相をそのまま口にした。彼女は何かを話そうとするが何かが喉につまったかのごとく言葉がでない。
「何も心配されることはありません」男はミレアの瞳を真正面に据えて見つめた。「何も」
男の瞳に見つめられているとミレアは自分の不安事がすべて吸い上げられるような不思議な感覚を感じた。
何か妙な安心感が全身を包み込むような安らぎを覚え、自然と心のガードが弛み、ある種の言葉では表現できない魅力を出会ったばかりの相手に彼女は抱いた。
次の瞬間にはフッと意識が途切れ相手の体に倒れかかる体勢でミレアは気を失った。
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