第27話 高等弁務官の利用価値

「リリス、おまえの楽しみを邪魔して申し訳ないが、いますぐに男を始末して女は生け捕りにしろ。理由はあとで話す」


 突然降って湧いたような声に三人の動きが一瞬止まった。


 声質からして所内放送であることは明らかだ。


 剣を構えるリリスの表情が険しくなる。女だけを生かして連れてこいというのが気にくわないのだ。その動機が伺いしれないだけに納得のいかないものがあった。


「…リリス、その女は我々を地上へと導いてくれる」


 声の主はリリスの性格を熟知していたので念押しを忘れなかった。


 エルフは猜疑心の込もった瞳でザカリアス越しにミレアを眺めた。如何なる理由であれラファエルの興味をひくこと自体が彼女には許し難いのだ。


「運が良かったわね。あなたの死は少し先送りになったみたい。もちろん用済み後は私の手で殺してあげるけど」


 声音こそ穏やかであったが溢れんばかりの殺意は視線に込められてミレアを射抜く。その視線があまりにも生々しかったので彼女は一歩退かざるえなかったほどだ。


 ザカリアスは姿なき声の真意を見抜いていた。


「逃げた方がいい」


 エルフと対峙した姿勢のまま振り向くことなくザカリアスは告げた。リリスの剣がビュンと唸りをたててサイボーグを切り裂こうとする。


「逃げた方がいい…俺もこの場を切り抜けられる自信なくなってきたよ」


 氷の刃をかわしながら先程とは打って変わったような弱気な言葉。


 もちろんミレアにはこの場から逃げ出したい気持でいっぱいであったが、自分を守ってくれる者が不在の状態に…すなわち再び一人の状態になるのはこの異様な状況下では躊躇わせるものがあった。


 しかもそれはザカリアスを見捨てることを意味する。


 むろん自分がここにいたからといってザカリアスの助けになるわけではない。


 リリスは剣を振り回しながら呪文の詠唱を初めた。ザカリアスは剣の攻撃をかわすのが精一杯でそれ以上接近できずにいる。


「ここにいればあんたは利用される…だから逃げるんだ」


 ミレアは決断がつきかねていた。


 それにどこへ逃げろいうのだろうか。所内の地理はまるで無知だというのに。


 呪文の詠唱が終了した次の瞬間、無数とも思える氷柱が出現しそれらは一斉にザカリアスへと襲いかかった。


 それが本当の氷柱であればサイボーグの体を傷つけるはずもなかったが、水の精霊の物質転換によって外見こそ氷柱のそれは次々とザカリアスの体を貫いていく。


「逃げろ! いますぐに!」


 内部機構がずたずたに貫かれサイボーグとしての機能が急激に低下するなかでザカリアスは大声を張り上げこれが最後のチャンスだと言わんばかりにミレアに告げた。

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