第26話 サイボーグ vs 人工生命体

 第三者の声に振り返った二人が目にしたのは、通路に堂々と立ちつくす女が一人。しかしその細長い両耳は、相手が明らかに人間ではないことを示していた。


 肌は深雪にように白くその瞳は気高さと意思の強さを無言で示している。ピンクの髪にも目をひかせるものがある。


 人間ではないがかなりの美貌の持ち主だ。


「おまえは…」ザカリアスは映像で目にしたことのあるエルフを思い出した。「…人工生命体」


「そういう無粋な呼称はやめて欲しいわね。私にはリリスという名前があるのよ」


 ミレアがラザフォード内でエルフを目にするのはサミーラに引き続いて二度目であった。自分が高等弁務官に在任中に二度目があるとは夢にも思っていなかった。


 しかも侵入事件からまだそれほど日が経過しているわけではない。


「嬉しいわね、二人も獲物が残っているなんて。地上のアンドロイドを破壊して退屈しきっていたところなの」


 その場の雰囲気が凍りつきザカリアスはゆっくりと身構えた。


「地上のアンドロイド」ミレアはリリスが口にした言葉を反復した。「…救援が来たのね」


「あら、殺す前に希望を与えるべきではなかったかしらね」リリスは冷たい微笑を浮かべた。「希望があるからこそ死んでも死にきれないのよ。私はそういうあなたたちの様子を楽しみながら殺すわけ」


 同じエルフでもサミーラとリリスとでは随分性格が異なっているようだ。


 だがミレアにはどうしようもなかった。この状況下で頼れるのはザカリアスのみ。


 リリスが唇を何やら動かすのとザカリアスがミレアの体を突き飛ばすのがほぼ同時に発生した。


 突然の衝撃に何が発生したのか理解できないまま突き飛ばされた彼女の体はその勢いのあまり床へと転がる。同時に何処からともなく出現した三本の炎がさきほどまでいた二人の空間を貫いた。


 次の瞬間にはザカリアスがリリスに向けて全力でダッシュしていた。サイボーグ化された脚によるその跳躍力にはじつに驚くべきものがあり、人工生命体のリリスですら驚愕するほどの短時間で自分のすぐそばまで接近していたのだ。


 満身の力を込めたザカリアスの右拳がリリスの顔に向けて放たれる。彼女はその拳を軽々とかわすがザカリアスは左肘打ちと足払いの連続攻撃を加えた。上半身を半身後退させ両足をその場で軽くジャンプさせることでリリスは相手の攻撃を回避する。


「そのスピード…あなたは人間ではなさそうね。アンドロイドでもなさそうだけど」素早く後ろ歩きで後退しながらリリスは口を開いた。「すると残るは…サイボーグ」


 リリスは再び小声で何かを呟きはじめた。


「させるか!」


 ザカリアスはその場で跳躍すると跳び蹴りを放つ。


 彼にはわかっていたのだ。リリスの呟きが呪文の詠唱であり、それが魔法を発動させることを。


 リリスは跳び蹴りを半身でかわしながら呪文の詠唱を続けた。サイボーグ化されたザカリアスの攻撃を受ければ相当なダメージになりそのスピードも目を見はるものがあるが、その攻撃を軽々とかわすリリスも相当な手練れだといえる。


 光の球がリリスの両手を包む込むような形で出現するとザカリアスにはこのまま攻撃を続けるべきか回避行動をとるべきか迷いが生じた。


 リリスはその迷いを見逃さなかった。


 一瞬の迷いがザカリアスにとっては高い代償となる。


 リリスの放つ光の球はサイボーグの体を直撃し、それはあたかも強大な風圧になぎ倒されるかのごとく彼を軽々と吹き飛ばした。


 全身サイボーグの男が宙を舞い床に叩きつけられる様相は光の球に具現化された魔力がいかに強力であるかを示していた。


「これは序の口…まだまだ楽しませてもらうわよ」


 戦いをゲームにしかとらえていないリリスは味のある敵と出会えたことに微笑を浮かべ、この時間が少しでも長続きすることを期待していた。


 ザカリアスはゆっくりとその場に立ち上がるが動作はどこかぎこちなく足は少しばかりふらついていた。


「ニューロ機能が少しいかれちまったかな。こいつは対アンドロイド用徹甲弾を喰らったときよりもきついな」


 神経系統の打撃をぼやきながら彼は強がってみせた。


 呆然と立ちつくすミレアにはサイボーグとエルフの戦いをただ黙って見守るしかなかった。


 ザカリアスがぼやいている間にもリリスは次なる魔法の呪文を詠唱していた。


「くそ…!」


 接近戦にもちこまなければザカリアスに勝利はない。いかにサイボーグが強力なパワーを有してるとはいえ、腕や脚の届く範囲でなければその攻撃力を発揮できない。


 その観点からいえばレーザーを搭載しているアンドロイドの方が優れているといえる。


 だが脳から各器官への命令を伝達する神経系統にダメージを受けたのが災いして先程ほどの瞬発力はない。


 ザカリアスが攻撃可能範囲に到着する寸前に水の精霊によって氷の剣を手にしたリリスはそれを振り下ろした。


 半身で右側に回避しようとするがザカリアスの左肩に剣の刃が命中し、一瞬後には彼の左腕が肩のつけ根から切断される。


 切断された左腕がガチャンと床に飛ばされる光景をミレアは息を飲んで見守った。


「腕ぐらいデパートのバーゲンセールで買うさ。人工生命体の命と引き替えだと思えば安いものだ。代金は高等弁務官もちかな」


 左腕を失いながらも余裕の悪態をつくザカリアスにリリスは氷の剣を構えながら大声で笑い声をあげた。


「気に入ったわ。ここの連中はヤワな男ばかりと思っていたけれど、どうやらあなたは違うようね。ふふ…もっと私を楽しませてよ」そしてリリスはチラリとミレアに目を向けた。「そこで何もせずに立っているあなたには、後で私が死ぬよりも辛い目にあわせてあげるから」


 その言葉を言い終えぬうちにリリスは剣先を突きだした。


 ザカリアスは間一髪でそれをよけるがリリスは立て続けに突き攻撃を加えてくる。


 どうも形成はザカリアスに不利だ。それは傍目に見ていたミレアにもわかることである。彼女はリリスが先程口にした意味をなるべく意識しないようにしていた。

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