第17話 作戦計画の変更
フェレイロは防衛軍司令と科学局長の報告に耳を傾けながら、ときおり閉じそうになる瞼を必死の思いで見開いていた。
典型的な早寝早起きタイプの彼には徹夜にわたる高等弁務官業務の代行は予想していたよりも身にこたえていたのだ。
「…最終的な検視解剖報告はまだですが、死因はレーザーによるものと見て間違いありません。銃創を分析する限りでは警備用アンドロイドに搭載されているレーザー兵器による可能性が大だと思われます」
エレクトラの声が子守歌にならぬようフェレイロは右手でこめかみを揉みほぐしはじめた。何かをしていないと睡魔の暗闇に陥りそうなのだ。
「つまり…あれですか、研究所内に配備されているかもしれないアンドロイドに殺害されたと?」
「レーザーが死因であることはほぼ断言できますが、アンドロイドに殺害されたというまでは断言できません」
「しかし我々に敵意のある何者かが存在するのは間違いない」防衛軍司令のリー准将は横からエレクトラに口を挟んできた。「エレベーターのドアに爆発物が仕掛けられていたのだからね。しかもエレベーターシャフト内には他にも至る所にトラップが仕掛けられていて下の階まで移動できずにいる」
エレベータードアで発生した爆発は対人殺傷レベルの範囲だったので、偵察型アンドロイドには何ら損傷はなかった。
しかし予想外の出来事に軍は当初の行動計画を変更せざるえなかった。つまり更なる慎重さが求められているのである。
エレベーターの本体は最下層まで降り立っているものと思われ、下の階へ降りるにはケーブルを伝って移動し各階のエレベーター扉をこじ開けるしかないが、シャフト内の各所に爆弾トラップらしきものが設置されているので下手に降りようとすればどういう事態が発生するのかは明らかだった。
「アンドロイドの暴走という可能性はありますが、暴走したAIに爆弾を設置するという計画的な思考が果たして可能でしょうか。アンドロイドの暴走であれば短絡的な攻撃…例えばレーザーを乱射するような行動パターンは説明もつきますが、さすがに爆弾の罠は…」
科学分野に関しては他の局長よりも長じているエレクトラにしても事態が理解できないでいた。データがあまりにも少なすぎるのだ。
「たしかスタブロフ所長の通信に『奴らを地上に出すな』という言葉がありましたね」フェレイロは先日の通信内容を思い出した。「研究所にあるすべてのアンドロイドが暴走したということですかね」
「すべてのアンドロイドが同時に暴走ですか? それはアンドロイド自身の暴走というよりも統制を管理するメインフレームに問題があるように思えますが」
「副高等弁務官、我々への敵対行動が存在したのはまぎれもない事実なのです」リーは動かし難い事実を強調して可能性のみを口にするエレクトラを牽制した。「残るもうひとつの地上出入口ですがこれは資材搬入用の大型搬入口であることが判明しております。残念ながらそれ以上の情報に関しては不明ですが。しかし資材搬入用であるゆえに下の階へ直接接続されている可能性があります。既に防護壁の切断作業は命じてありますからあと三十分もしないうちに内部に突入できる体勢に移行できます」
「ではアンドロイドで偵察をおこなうわけですね」
「いえ…エレベーターでの爆発を鑑みて、今回は戦闘用アンドロイドの投入をおこないます。高等弁務官の安否が依然として確認できない現在、慎重な情報収集で時間を浪費するよりも一気に研究所内を制圧する作戦に変更したいと考えています。時間を浪費すればそれだけ所内に存在する者の生存率が低くなりますから」
「一気に制圧ですか…」
「私は最善の作戦だと考えています。投入するのはアンドロイドであって生身の兵士ではないのですから…その点では犠牲を心配する必要はありません」
リー准将はあたかも一から十まで自分が起案しお膳立てをしたような口調で話しているが、実際は作戦部長を長とする司令部のスタッフが恐ろしく限られた時間で作戦計画を練りあげた結果なのだ。
それをあたかも自分ひとりの能力のように振る舞えるところがこの人物の政治屋ゆえんである。もちろん失敗した場合のことも既に頭のなかで出来上がっていた。
「わかりました…しかし蜂の巣を突くようなことにならなければいいのですが」
フェレイロは一抹の不安を口にした。
「戦闘用アンドロイドの性能は警備モデルとは破格の差があります。計画通りに作戦が終了すれば朝食前には口頭報告できるものと思われます」
研究所内に存在する敵は警備用アンドロイドだけだと言わんばかりの口調だった。
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