第13話 サイボーグ
「あなたは誰?」
「ザカリアス…ここの警備員だ」
相手は意外なほど素直にミレアの質問に応じる。
「サイボーグ…なの?」
「脳以外すべてな。おっと…脳も電脳化処置しているから精確にはどこまで生身なのか俺自身にも掌握できていない」ザカリアスは意味ありげな笑いを浮かべた。「かく言うあんたは自称高等弁務官か」
「無理に信じろとはいわないわ。何を言っても無駄でしょうから」
「いや少しは信じるさ。俺も馬鹿だったよ。あんたの文官服にもっと早く気づくべきだったな。この研究所で文官服を着用している者は誰もいない。だからあんたは地上から来たということになる。とはいえ、あんたの言葉を100%鵜呑みにするわけにもいかない。あんたが人工生命体でないという保障もないからだ」
ミレアは心のなかで溜息をついたどうも『人工生命体』という用語がこの不可解な状況のネックになっているようだ。
「いったい何なの…その人工生命体というのは?」
「残念ながら守秘義務というのがあってね、話すわけにはいかない」
「『彼ら』のことなのでしょう」
ミレアは以前耳にしたことのある情報をブラフで口にした。
「知っているのなら何も…」ザカリアスは何かに気づいたらしくはたと言葉を切る。「大した女だ」
「この状況下でいまさら何を隠し立てしようというの。私はあなたに殺されかけたし、あなたはその人工生命体に殺されるかもしれない。死ぬのなら…せめてなぜ死ぬのか知ったうえで死にたいのよ」
「口は達者なようだな。口が達者な女というのは厄介な奴が多いから個人的にはタイプではないな」
「話をそらさないで。私を殺そうとしたことに少しでも責任を感じているのなら何が発生したのか話しなさい」
「責任など感じていないさ。まだあんたが完全にシロだと決まったわけではないからな」
ミレアは毅然とした眼差しでザカリアスを見つめた。
手錠をかけられ身動きがとれず状況は相手の主導下であるのにも関わらず不屈の精神を示す。だがザカリアスはどこからともなく取り出した無針注射器を手にするとやおら立ち上がった。
無針注射器で何をするつもりなのだろうか?
そのアンプルの中味は?
沸き上がる疑問と不安感が心中に渦をつくりあげるものの毅然としたミレアの目に変化はない。ザカリアスはミレアのすぐ脇にしゃがみ込むと無針注射器を彼女の首筋に押しつけてアンプルの中味を体内に注入した。
「これで少しは楽になる。鎮圧ガスの効果がまだ残っているだろうからな」
「ガス…?」
「ここのセキュリティーだ。今回のような事態を想定して設置されていたが…奴らには通用せず生身の人間にしか効果はなかったようだな」
このときミレアは悟った。自分が通路で気を失っていたのはザカリアスが言うところの鎮圧ガスが原因だったのだ。頭痛も嘔吐感もすべては説明がつく。
「お願い…何が起こったのか話して」
「俺だってすべてを知っているわけではない。それに守秘義務がねえ…」
ザカリアスはわざとらしく髪をポリポリかきながら先程座っていた椅子に腰を下ろした。
「では外に連れていって」
「それも無理だ。地上の出入口はすべて閉鎖されているし、通信回線も遮断されている。なんといってもあの連中がメインフレームを占拠しているからな。俺もあんたもいま生きているだけでも感謝すべきだ。おそらく他の所員は全員殺されているな、所長も含めて」
「全員…」
ミレアは絶句した。にわかには信じられない。だが通路で目撃した首なし死体は夢ではないのだ。スタブロフ所長もあの死体と同じ末路をたどったのであろうか。
「地上の連中がここの様子を不審に思って何か手を打ってくれるのを期待するしかないな。軍を投入してくれれば話が早いのだが」
「軍の投入ですって? それを命じる権限のある者がここに閉じこめられているのに?」
ミレアは苦笑を浮かべた。
「あんたが本当に高等弁務官だとすれば、な。しかしあんたがいなくてもそれを代行する者が存在するはずだから、いずれは救援が来るだろう。もっともそれまで俺とあんたが生きているかは別問題だが」
ミレアの脳裏にフェレイロ副高等弁務官の顔が通りすぎた。人畜無害のあの男がどこまで迅速かつ精確に行動できるのかは甚だ疑問である。
しかも高等弁務官府で軍務の補佐をおこなう局長といえば…。
これに関してミレアはあまり深く考えないことにした。
「他の所員が死亡しているかもしれないのにいまさら守秘義務もないでしょう。それに私たちもいずれ死ぬかもしれないのよ。あの世にまで秘密を抱えて行く程この研究所に義理立てしているの?」
ザカリアスはククッ…と押し殺した笑いを口にした。どうやら彼女の最後の言葉がおかしかったようだ。
「賢い女は嫌いじゃないよ。その度合が過ぎて自己中になる女は問題外だが」ザカリアスはテーブルに肩肘をついた。「俺の再就職を世話してくれよな。ここは行動に制限の多い職場だがそれでも結構なカネになる仕事なんだぜ」
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