第41話 銃殺刑を中止するための条件

「待ちなさい!」


 まさにノエルが「撃て」と号令をかけようとしたその瞬間に、ミレアが鋭く響き渡る声で制止した。


 ビクッと反応するノエル。他の面々もそうだ。


 しかし最も驚いたのは銃殺刑に処せられる超能力者であった。


 高等弁務官がノエルに二言、三言かけると、憲兵隊長は「セーフティー・オン…一時待機!」と銃殺隊に命令を告げた。


 ガチャガチャという音が静かに響き渡り、ジュリエットに向けられていた銃口は一時的に外された。


「………」


 事態が理解できないジュリエット。そして彼だけでなく高等弁務官以外の者全員がそうなのであろう。


 ミレアの歩く音がコツコツと響きわたる。女性特有の歩く音。


 銃殺刑が寸前で一時中止となった理由を見いだせないジュリエット。


 超能力者の間際にまで近寄った女は言う。


「恐い?」


「………」


「恐ろしさのあまり口がきけない?」


「…何の真似ですか?」


 ジュリエットとしてはそれしか口にできなかった。相手の意図がまったく理解できない。


「私はね…きみの境遇が理不尽だと思っているのよ。超能力でそれほど悪いことをした形跡もなさそうだから。少なくともここでは、ね」


「数分後に銃殺される人間にいまさら同情ですか」


 しかし、ただそれだけで刑の執行を一時中止したとは、ジュリエットにはとても信じられなかった。


「超能力者にとっていまが過酷な時代なのは、私なりに理解しているつもりよ」


「心にもないことを言うのはやめた方がいい」


 絶対権力を背景とした女に、掌でもて遊ばれているような感覚につつまれ、ジュリエットは吐き出すように言った。


 同情に満ちた柔らか顔の女は、超能力者の毒にたちまち能面のような表情となる。


「私が一言命令すれば、銃殺刑の執行を完全に中止できるのよ」


「嘘だ」再びジュリエットは吐き出すように言った。「一度下った死刑判決を、高等弁務官の権限で反故にできるはずがない。法律を何も知らない俺でも、それぐらいはわかっている」


「誰も反故にするとは言ってないわよ」ミレアはジュリエットに顔を近づけると囁くように続けた。「きみが公共の利益のために素晴らしい力で奉仕すると約束するのなら…形だけ刑の執行をおこない、データ上ではきみが死亡したことにしてあげる」


 思いもせぬ提案に愕然とする超能力者。


 彼は一瞬だけ視線を外し、離れた場所で待ちぼうけになっている司法局長と軍事検察官に向けた。


「あなたは知っているはずだ」言わずにはいられない。「超能力者への処置は死刑かロボトミー手術だけで…いかなる目的であれその能力を利用してはならないことになっている。ご自分が何をおっしゃてるのかわかっていますか? 今度はあなたが処断される番ですよ」


「ええ、わかっているわよ」ミレアは意外なまでにあっけらかんと認めた。「でも、それで多くの人が救われるのよ…きみを含めて」


 超能力者の身柄を確保した者が、「ある種の誘惑」に駆られるのはジュリエットもよく耳にしていた。


 いままでは他人事だと思っていた。


「体面を取り繕わず正直に言われたどうですか」ジュリエットは既に相手の本音をうすうす感づいていた。「ご自身の将来のために協力しろ、と。公共の利益のためというのは大嘘だ」


 そうでなければこの女が処断のリスクを負ってまで、超能力者を助けるはずがない。


 この場合リスクに見合う利益といえば、超能力を自分のために利用すること以外にありえない。


「きみならできるわよね…誰が私を裏切ろうとしているのか、誰が私を傷つけようとしているのか、それを超能力で判別することを」ミレアには相手の指摘を何ら恥じている様子はなかった。「常に私を守ってくれるものと期待しているわよ」


「………」


「それとも意固地になって命を失う方がいい? お願いだから愚かな選択で私を失望させないで」


「あなたにとっては愚かな選択かもしれないが、俺にはそうじゃない」ジュリエットは鼓動が再び高鳴るのを感じた。「銃殺を命じればいい」


「面子にこだわって格好をつける必要はないのよ」


「面子じゃない。あなたを見ていると超能力者になる前の自分自身を思い出す…他人の気持ちを踏みにじって、餌食にすることが幸福の最短距離だと勘違いしていた俺に」


「だから何? 死ねば宇宙の塵になって終わりなのよ。生きている間の生存競争の積み重ねが幸福をもたらすのよ」


「否定はしない。だからあなたのような人は生存競争だけに目を奪われて、ゴールと思いこんでいる場所に、じつは幸福が影も形もないことに気づこうともしない」


「…宇宙の塵になることが幸福のためのゴールと言いたいわけね。それがきみの返答なの? 銃殺刑になることがきみの幸せなの?」


「皆が待ちかねていますよ」一瞬だが心臓の高鳴りがやむ。不思議なことに朗らかな笑顔が自然と浮かんだ。「あなたは本当の意味で人から愛されたことがないようですね」


 ジュリエットの言葉にミレアの両目からは憎悪に近い視線が放たれた。


 おそらく普通の者であれば彼女の視線に目を背けていたことだろう。


「…せいぜい殉教者でも気取ってなさい。余計な一言が高くつことをすぐに思い知るわよ」


 ジュリエットに背を向けた女は、肩を怒らせながら去っていった。


 やがて憲兵たちが再度銃を構える。


『痛いのかな…』


 妙に現実的な疑問がジュリエットの脳裏を横切る。


『…たぶん一瞬だろう』


 そうであって欲しい切に思う。


 悲しむ者は誰もいない。本来的に遙か過去の存在なのだから。


「撃て!」

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