第36話 少尉殿は白馬の王子様?

「アミちゃん、おはよう」


 登庁したアミ・キサラギに声をかけたのは同僚のレイチェルであった。


 目のクマが異様に目立つ同僚にアミは思わず足をとめた。


「どうしたの…その目?」


「民政局の男性陣と合コン…『お持ち帰り』でもう疲れちゃった。お昼から半日休暇を申請して帰ろうかな」


 アミは本能的に頬が紅らむのを感じると同僚の返答には無言のままで席に着いた。


『異性を射止めるには常に攻撃』と豪語するレイチェルは出会いを求めることに常に積極的な姿勢でいた。


 そのような行動力がアミには羨ましかった。


 奥手の自分にはないもの。いまだ異性の交際相手が見つからずただ周囲のカップルを羨む日々。


 業務用の端末を起動させるとスクリーンに『ラザフォード基地祭』という広報画面が展示された。


 軍が一般市民を対象として基地開放をおこない、装備品展示等を通じて広報活動をおこなうイベントだ。


「基地祭…」


 ボンヤリと呟くアミの声はレイチェルの耳にも届いていた。


「アミちゃんは行くの? …制服の軍人さんは凛々しくて結構いいかもね」


「あまり興味がないから…」


 その言葉を口にしたとき、かつて宇宙港で目撃した『美肌の軍人』が彼女の脳裏を通り過ぎた。


 無意識のうちにラザフォードへの来訪記録を検索し(職務上アミにはそれが可能であった)、その人物のデータをスクリーンに映し出す。


『ジュリエット・ルクレール、連合軍機動歩兵少尉、第65機動歩兵隊第2小隊(第2小隊長)』


 アミは司法局管轄の住民管理データにアクセスした。


 彼女のアクセス・コードではすべての住民データを見ることができず、また個人情報項目の全項目を閲覧することはできなかったが、現住所と連絡先ぐらいは…。


「その人、アミちゃんの彼氏?」


 いつのまにか背後から声をかけてくるレイチェルに、アミは口から心臓を吐きだしかねない勢いで驚いた。


 コーヒーカップを片手にした同僚はスクリーンに顔を近づけジュリエットの顔画像を吟味する。


「へ~、結構美形なんだ」


 アミはあわてて画像とデータを消去した。


「あわてて消さなくてもいいのに…彼氏でしょ?」


「そうじゃないってば…いまのはお仕事のデータだから」


「仕事のデータだったら、どうしてあわてて消すの? …かなり動揺してたわよ」


「個人情報はプライバシーに関わることだから」


「はいはい、嘘が下手なアミちゃん…見苦しい嘘はやめて本当のことを話しましょうね」


 コーヒーを飲むレイチェルの表情は露骨ににやついていた。


 気がつけば周囲の者が二人の会話に聞き耳をたてており、アミはどこかに隠れてしまいたい程恥ずかしい思いをしていた。


「とうとう奥手のアミちゃんにも白馬の王子様が登場した、か」


「そうじゃないってば…」


 アミはいまにも泣き出しそうな表情になっていた。


「これ以上苛めるのも酷か、な。ではアミちゃんもコーヒー・タイムになさい」レイチェルは奥手の同僚に顔を近づけた。「我が友よ、給湯室にレッツ・ゴー」

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