第32話 ラフィリアβ

 サミーラはジャファルを見習ってワインに口をつけ気分を落ち着かせる。そしてボソリと呟いた。


「そななたちはラフィリアβなのか?」


「ラフィリアβ?」


「機械と生命が融合した種族だ。古代エルフ族はこの種族によって絶滅の一歩手前まで追い込まれた。エルシオンの結界はラフィリアβを撃退するために大魔導師アルダビートがつくりあげたものだ。そなたたちと同じく天界から訪れた種族だ」


 ジャファルはその内容を吟味するが思い当たるような知識は何もない。後でよく調べる必要があると思った。


「我らにも少ばかり機械と生命を融合させるテクノロジーが御座います。しかしながら王女殿下の種族を絶滅に追い込むようなことをおこなったことは一度もありません」


 前菜に手をつけたジャファルは「何か解決策があるはずだ」と呟いて同盟交渉の無意味さを払拭しようとした。


「王女殿下、僭越ながら申し上げますが、真に同盟をお考えならば我々よりもむしろガーラントやヴァシリアといった機械文明の国家と締結されてはいかがでしょうか。彼らの技術は基本的にアナログ技術です。よって我らのように結界の影響を受ける度合は大きくありません」


「機械の者たちは信用ができぬ」サミーラの瞳がやや険しくなった。「エルシオンはあの者たちに何度も蹂躙されている。同盟を締結したところで侵略の足場になるだけだ。その点…天界人はこの世界に領土的な執着がない」


 ジャファルは懸命に交渉をおこなおうとするエルフの少女に一種の魅力を感じていた。少女、とはいっても長寿で名高い種族なのだから、ひょっとすると自分より遥かに年上なのかもしれない。


 そして前菜のサーモンをフォークで突きまわす王女様の頭に奇想天外なアイディアが浮かんだ。


「私は同盟についてジャファル殿に提案する。機械世界を共通敵として同盟の儀を推進したい。この世界そのものをひとつのプリメシアと見なし、イリシアが自力でエルシオンを統一する間、機械世界からの侵略を撃退していただきたい。結界から外での戦いならば天界人の術には影響がないはずだ。これは防衛目的の同盟でありイリシアがエルシオンの統一を完成した暁には同盟改定について別途協議をおこなうとする」


「素晴らしい…」サンサルの口から思わず賞賛の言葉が漏れた。「それは検討に値する同盟です」


 給仕アンドロイドがメインの肉料理を運んでくると匂いをかぎつけた子竜がうれしさのあまり羽をばたつかせる。


「リース!」


 王女は不作法な子竜を怖い顔で叱りつけた。いまにも肉に飛びつきそうな勢いだったので皿がテーブルに配膳されるまでリースの体を押さえつけなければいけない程だった。


「元気のあるドラゴンですな」


「竜にテーブルマナーを教えるのは簡単ではない。だが私にとってはかけがえのない存在なのだ」子竜が肉にぱくついて落ち着きを見せるとサミーラは本題に戻った。「ではこの線で同盟締結を検討していただけるだろうか?」


「王女殿下、魅力的な提案ですが実現のためにはエルシオンすべての国の同意が必要ですぞ。また機械世界の反発は相当なものでしょうな」


「反発するのはエルシオンに領土的野心があるからだ。野心がなければ反発するはずがない。…それにどうしてエルシオンすべての国の同意が必要なのだ?」


「エルシオン全体を防衛するのですから形式として当然同意が必要になるでしょうな」


「いずれイリシアが統一するのだ。そのようなものは必要あるまい。天界人は形式にこだわり過ぎている」


 ナイフとフォークを手にしたサミーラはメイン料理に着手した。ジャファルは肉料理には手をつけぬままワインのみで食を進めていく。

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