第29話 悪運が強かったエルフの王女様
「サミーラ王女殿下、こちらで御座います」
大使館を案内するその人物は完全人型のアンドロイドであったが、サミーラには普通の人間と区別がついていなかった。
目が覚めたとき状況は180度一変していた。
いままで散々「侵入者」となじられ、罪人のごとき取り扱いを受けていたのが、目を覚ますと柔らかい笑顔を満面に浮かべた女性が視界に入り、「お目覚めで御座いますか、サミーラ王女殿下」と敬語を耳にした。
敬語など天界人の街に来て以来耳にするのは初めてだった。
いったいこれはどういうことなのだろうか?
浮遊する不思議な箱(エアラフト)に乗せられてどこかの建物に案内されるが、その移動間にサミーラはこれまでの体験はひょっとすると超越の術が作用している間の幻覚ではなかったのかと訝った。
建物内に案内されると通路の要所には天界人が待機していて、サミーラが通りかかる度に恭しくお辞儀で出迎えてきた。お辞儀など故郷の宮殿を飛び出して来て以来のことである。
そこが目的とする場所なのか、案内人が豪華に装飾されたドアを開いてなかに彼女を招き入れる。ドアをくぐりぬけるや突然バサバサバサ~っと羽音のようなものが響いてきたので、サミーラはとっさに身構えるが、すぐにそれがリースであると識別できた。
「リース!」
キュ~っという鳴き声とともに胸に飛び込んできた子竜をサミーラは固く抱きしめた。かけがいのない存在の温もりを彼女はしばし堪能する。
やがて顔をあげると部屋のなかには老人がひとり微笑みを浮かべて立っていた。
「ご気分はいかがですかな、王女殿下」
「そなたは?」
「私はジャファル・サレム。最高執政官から外交を委任された地球連合大使です。よろしければジャファルとお呼びください」
その言葉にサミーラは何か熱いものを感じた。紆余曲折はあったがようやく目的とする人物にまで辿り着いたのだ。
「こちらの席にお座りください」
何を言えばいいのか戸惑っているサミーラを着席を薦めると、ジャファルもその対面の席に腰をおろした。
「まずはこれまでの非礼をお詫び申し上げます。殻に閉じこもった我々は突然の訪問者に慣れていないのです。数々の非礼をお許しください」
天界人がどういう目論見で態度を豹変させたのかサミーラにはいまだ理解できずにいた。
「他人の家に土足で入り込んだのだ…私にも落ち度はあった」サミーラは自身の過失を素直に認めた。「しかし天界人が私への態度を急変させたのが解せぬ」
「我々地球人は本質的に弱く臆病な生き物なのです。それゆえ自己とは異なる種族に対しては排他的にならざるえない面があるのです。しかし私は外交を委任された者として、また個人としてもエルシオンとの交流を実現させたいのです。そのために私は高等弁務官に要請して王女殿下の御身柄を解放し、本来あるべきお持てなしをさせていただいてるのです」
「ジャファル殿の言葉は理解した。だが正直言えば私は少しばかり天界人のことが信用できなくなっている」
「あれは恥ずべき行いでした。しかし不幸な行き違いも話し合いと時の経過が必ずや解決してくれることでしょう」
「ジャファル殿は饒舌だ」サミーラはつい引き込まれてしまう大使の言葉を賞賛した。「天界人の世界ではきっと名のある大使なのだろう」
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