第28話 破滅は回避しなければならない

 この場の状況を覆い返す手段にミレアは素早く頭をめぐらせた。


 部屋はほぼ完全に警護班の制圧下にある。


 ミレアがいまこの場で頼りにできるのは憲兵隊長と、さらにその部下が一人。


 数が足りない。全然足りない。


 しかも相手側は相応に訓練と経験を積んだ者たちだろうし、それにまず間違いなく武器を携行しているはずだから、この限定された空間で撃ち合いをはじめれば勝負ははじめから決まっている。


 あるいは時間稼ぎをし、その間に憲兵隊を総動員させ、あまつさえ駐留部隊のアンドロイドも投与すれば、状況を完全に逆転できるだろうが、しかしそのことに何の意味があるのだろうか。


 いまのミレアの関心事は、エルフの身柄をどちら側が掌握するかということではなく、彼女の一身上に係わる黒歴史の情報をいかに隠し通すか…という問題であった。


 たとえこの場で勝利することができたとしても、それは戦術的な、一時的な勝利であって、結局のところ彼女は破滅への道をたどることになる。


 迷うミレアに大使は声をかけた。


「さあ…きみが信念に殉ずるのならば、高等弁務官の権限で力ずくの反撃をを続けたまえ」あたかもミレアの思考を見通したかのようなセリフ。「その行いがいつの日か自分自身に降りかかって来るだろう。因果は巡る糸車、だ。私は大使館にもどって進退伺を作成することにするよ」


 いつになく強気は発言。部屋には重苦しい雰囲気が取り巻き、誰も口を開こうとはしなかった。


 誰かが一言でも喋ればミレアとしても楽になれるのだが、彼女の側の者たちは皆が何かを恐れて沈黙を続けた。


 やがて悩める高等弁務官は意を決した。


 破滅は回避しなければならない。現在の地位を保ってさえいれば反撃や復讐のチャンスはいつの日か必ず訪れる。そのためには、理性を失って愚かなことをしでかさないことだ。


 プライドの高い才女にとってこれは忍耐の限度を試さているようなものである。


『勝利が少し先送りになっただけのことよ…』ミレアは自身に言い聞かせた。『…いつかみてなさい』

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