第27話 才女が隠し持つ過去の汚点
大使と高等弁務官のやりとりに部屋の空気が氷ついた。
ノエルは動揺することなく無表情で成り行きを見守っていたが、乱入者たち…警護班を除くその他の者はどうすればいいのか判断がつかずただ狼狽えるばかりであった。
「残念ながら大使の支援要請に応じることはできません。外交活動は常に優先され、高等弁務官は全力でその活動を支援しなければなりませんが、今回の侵入事件はラザフォードの存立に関わる重大事であり、私はその職責において外交よりも安全を優先すべきと判断しました。大使が私の判断を不服だとお考えならば、中央に対して査察吏の派遣を要請されても結構です。結果的に私の判断が誤りと見なされ、処罰を申し渡されたとしても、私は甘んじてそれを受ける覚悟でいます」
見事なまでに自己の意見を主張する才女
「高等弁務官の覚悟の程は理解できたよ」ジャファルは静かな声でいった。「私が大使への就任を打診されたとき『大使館員と高等弁務官府が全力で支援する』と聞かされていた。だが、こういう状況下ではもう私は仕事をすることができない。よって私は進退伺を最高執政官に提出し、一切の公職から身を引くつもりだ」
その発言はミレアの予想外のものであった。
なぜならこの状況下では大使側がごり押しすれば、簡単に目的を達成することは明らかだからである。
「その伺いは早急に受理されることでしょう」
ミレアの言葉には自分でも抑止が効かぬ程の嫌味が込められていた。しかしながら相手は依然としてその平静さを崩さずにいた。
「勘違いしてもらいたくないのは、高等弁務官…サミーラ王女の身柄はこちらで保護をする。それに私は進退伺を提出すると同時に、連合議会に対して特別委員会の招集を要請し、今回の件に関して高等弁務官の喚問を実施するのでそのつもりでいたまえ」
これもまた予想外の発言であった。
が、ミレアも負けてはいなかった。
「大使、ご存知だとは思いますが議会は常に多数の案件で混み合っています。連合全体に影響を及ぼさない飛び込み事案に関与している余力などないと思われますが」
「今回の件は魔法世界との交流の端になるのかもしれないのだよ。地球連合全体の外交から見てどうしてこれが重要ではないと言えるのかね。さらに言わせてもらえれば、最高執政官とは少しばかり個人的な交友関係があり、老い先短い私の頼み事を聞き入れて、議会への斡旋をおこなってくれるものと固く信じているよ」
大使と最高執政官の間に個人的な交友関係が存在するというのはミレアも初耳であった。ブラフかもしれない…彼女はそう思った。だがジャファルはブラフを口にするような人物だろうか。
「もちろん私も特別委員会に喚問されるだろう」ミレアに何ら応答が見られなかったのでジャファルは続けた。「私は別段構わんよ。覚悟はできている。どういう結果になろうと生まれ故郷に閉じこもって余生を過ごすつもりだ。ところできみはどうなのかな、高等弁務官。もちろん信念に基づいて行動しているのだから、いかなる喚問内容であろうと後ろめたいところはないはずだ」
「私の職務遂行に一点の曇りもありません」
「もちろんそうだろうとも。しかしマスコミは騒ぎ立てるだろうね。全宇宙中継できみの姿が各家庭に配信されるわけだ。そしてマスコミは高等弁務官のこれまでの経歴を隅々までほじくり返す…もちろん高等弁務官のような非の打ち所のない人物に、発覚して困るような過去など存在するはずもないが」
心臓の鼓動が普段より高まっているのをミレアは感じていた。前職務…モスクワ時代の「あの件」をジャファルは知っているのだろうか。誰にでも人に知られたくない秘密はあるものだ。
『大使は刺しちがえようとしている』
ミレアははっきりと悟った。ジャファルに対する人物評価は完全に間違っていた。ノホホンとしていたその上辺は繕ったものだったのだ。
部下の手前ここまで啖呵を切って退くことは、高等弁務官としての威信を大きく損なうことを意味する。さりとて悪あがきを続ければ間違いなく特別委員会に喚問され、ハイエナのようなマスコミが「あの件」を世間沙汰にしてしまう。
秘密は守らなければいけない。
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