第24話 自分は悪者にはなりたくない
人が人を殺せば殺人になるが、人が犬や猫を殺しても人殺しにはならない。「器物損壊罪」といった罪ですまされる場所もある。まして正当な理由があれば罪にさえ問われないこともあるだろう。
そう…人ではなく犬や猫ならば。
「正直言って…ちょっと気がひけるわね」
台に固定されたサミーラをミレアは若干ながら罪悪感のこもった眼差しで見つめていた。あくまでも…若干
侵入したエルフを死に至らしたところで「殺人」にはならない。
そもそもが人間ではないのだから。
それゆえ人間に適用する地球の法律をこのエルフには適用しない。
高級官僚たる美貌の女性がすぐに思いついたのは、「害獣処理」の規則を準用することであった。地球連合外の存在なので「適用」ではなく「準用」になる。
結局のところいまのミレアにとって、エルフの王女様とは、街をうろつく野良犬や野良猫程度でしかなかった。
「高等弁務官、処置は2段階で実施されます」科学局員は段取りの説明をはじめた。「第1段階は筋弛緩剤の投与による呼吸の停止、第2段階は塩化カリウム溶液による心臓の停止…それで死に至ることになります」
そしてそのそばから今度は民政局員が口を挟む。
「準用規則は害獣処理規則になりますが、手段は薬物による刑死と同手段です。これは変則的な処置にはなりますが、法実務上は何ら問題ありません」
ラザフォードでは規則上、害獣処理の所掌は民政局であるものの、その施行は科学局の担当であった。
なぜならラザフォードという都市が、もともと租借地という限定された空間内にあることにくわえ、外界から隔離されているという背景もあって、徘徊する害獣などというものは現実問題として皆無であり、そのため民政局が独自の処理施設を有する必要がなかったのだ。
組織の機能担保と効率化の折衷により、民政局は必要に応じて科学局の支援(具体的には設備と施術の支援)を得て、害獣処理を実施することになっている。
今回は野良犬や野良猫といったオーソドックスな動物の処理ではなかったが、魔法使いのエルフが処置すべき対象であろうとも何らかわりがない。
「もしも…」ミレアは再度口を開いた。「外の種族の身体に筋弛緩剤や塩化カリウム溶液が効果を現さなかった場合は?」
この点は非常に重要なので、ミレア的には是非とも確認しておく必要があった。
「その場合、更に強力な劇薬を投与します」
「地球の劇薬がエルフに対して何ら効果をもたらさない場合は?」
「可能性としてそれは非常に希だとは思われるのですが…万が一そのような事態に至った場合は、憲兵隊の支援を得て外圧的な処置を実施することになります」
ミレアは視線だけをそばにいた憲兵隊長に向けた。
科学局員は歪曲した表現で返答しているが、ようするに銃のトリガーを引いて…一発ということなのだ。
この場にいる誰もがその方法こそが最も手っ取り早いというのは承知していた。承知していながらも妙に手続きにこだわるのは、誰もが「自分は悪者にはなりたくない」…という単純な心理のためであろう。
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