第25話 呼吸停止と心臓停止の薬剤投与
「施術終了後の処置はどうなっているの?」
ミレアは更なる先の段階についてまで確認をした。
「遺骸を完全焼却します」
さらりと言ってのける科学局員。
ことの成り行き上、高等弁務官とともに施術を見届ける必要があったノエルは、現実的な感覚として、薬物処理による死刑囚を見守っているような気にさせられた。
「高等弁務官、処置のプロセスを開始してよろしいでしょうか?」
科学局員の問いにミレアは黙ってうなずき同意を与えた。
後日に大使がこの件に介入してきたところで、何をするにしても「もはや手遅れ」である。
施術が完了した暁には執務室に帰ってブルガリア産の薔薇ジャムをベースとしたロシアン・ティーを楽しもう…と、明るい想像をして、薬物による処刑などいう根暗な雰囲気を紛らわせようとした。
「第一段階開始」
局員の声とともに筋弛緩剤が、いまや処置台の上で意識不明となっている王女様に投与される。
サミーラは意識不明で幸せだったのかもしれない。
もし意識があれば、呼吸停止と心臓停止の薬剤を投与されるなど、およそ正常な意識では精神的に耐えられなかったはずだ。
その場の雰囲気に何か居心地の悪さでも感じたのか、ミレアは憲兵隊長に顔を向けて訊ねた。
「死刑の立会経験は?」
「あります」ノエルは哀れな王女様から視線をそらせないまま答えた。「ただし、私の場合、軍法会議による銃殺刑の立会で、薬殺刑はありませんが」
「そう…では、いい経験になるわね」
そのセリフにノエルは一瞬だが高位の女に目を向けた。
「高等弁務官は強い心をお持ちのようですね」
意識のないエルフの王女様は咳き込み始めた。
「どうして?」
「私は…自分自身があの台の立場になったことを想像すると、高等弁務官のようにポジティブな考えにはなれません」
「最近の裁判では死刑の適用はあまりないそうよ」
「そうですね…もっとも、超能力者への死刑適用は別のようですが」
意識はなくても空気を求めるためなのか、台の上のエルフはときおりピクピクと体が小刻みに唸っていた。
「高等弁務官」先程の局員が声をかけてくる。「第2段階を実施します」
ミレアはうなずいた。
これですべてが終わる。
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