第20話 地球連合大使

「このような機会はまたとないと思うのだがね。あの閉鎖的なエルシオン人が自ら関係を求めてきたのだよ」


「お言葉ですがルーランスにおける外交はアーガイルを通じてのみ可能だというのが相互協定の規定ですが」


「それはわかっているよ。しかしすべてを杓子定規にあてはまるのは問題があると思うのだが。私としては是非エルフの王女に会見したいのだがね」


「大使、これはラザフォードの統治に関する問題であり、高等弁務官である私が処理すべき事案です」そしてミレアは引導を渡す決意をした。「…僭越ながら申し上げれば大使としてはプリメシア政府との安全保障条約締結に専念されるべきでは」


 己の職務を満足に処理できないのに他人の縄張りに踏み込むな…という警告をミレアは発したのだ。


「いつものことながら高等弁務官の諫言は心に痛いね」


 苦笑いを浮かべる口元とは正反対にジャファルの視線はストレートにミレアを見据えており、そこには何かを訴えるものがあった。


「ところで高等弁務官の職務には『地球連合大使への支援』が謳われているね。私の手元にあるラザフォード法規類集には『高等弁務官は地球連合大使からの支援要請がある場合、可及的速やかに支援を実施し、外交活動の円滑化に努めなければならない』という規定があるのだがね。私は法律の専門家ではないからよくはわからないが、聡明な高等弁務官ならばこの規定の意味をよくご存知だと思うのだが。これをどう思うね?」


 しばし沈黙が二人の間を訪れた。


 生まれたばかりの子供が代数幾何を口にする…いましがたの大使の言葉をミレアはそのように感じていた。


 が、いつまでも沈黙を続けるというわけにはいかない。少なくともミレアには。なぜならばそれは自分の側に非があることを認めるようなものだからだ。


「私は外交活動を支援することにやぶかさではありません」人食い鮫に鍛えられた経歴は伊達ではない。「それが外交の範疇に属する活動であれば…のお話ですが」


「かなり以前のことだが、大使と高等弁務官の職務に関して、地球から来た査察吏の所見が残っていてね…高等弁務官は既にご存知のことだとは思うが、私自身の学習も兼ねてこの場で朗読するよ。『ラザフォードの存在理由はルーランスとの友好強化、相互信頼の醸成、文化交流のためにある。その代表機関は地球連合大使であり、極論からいえばラザフォードそのものが大使が常駐するための外交施設といっても過言ではない。何をもって外交問題であるとするのかは大使の裁量をもって判断すべきものである。そして高等弁務官の職務というものは最終的には大使の外交活動を支援することにあり、いみじくも自らが外交活動をおこない、あるいは大使の判断に異議を唱えるようなことがあってはならず、支援に徹するという立場を忘れてはならない』…少し長かったがね、この所見のいわんとしていることは理解いただけたと思う」


「まるで私が独断で外交活動をおこない、大使への支援を怠っているように聞こえますが」


「私はそういうつもりで朗読したのではないのだがね…それとも高等弁務官には何か思いあたる節でもあるのかね?」


 この男は本当にジャファルなのか…ミレアは訝った。AI(人工知能)が作り出したヴァーチャル人格ではなかろうか。


「私の職務遂行に何らやましいところはありません。大使のご要望は前向きに検討させていただきます」


 侵入事件を早急に処置しなければいけない、とミレアは思った。速やかに処置し、ジャファルが騒ぎ立てる頃には何をするにしても、「もう手遅れ」の状態にする必要がある。

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