第19話 高等弁務官の権限

 ラザフォードにおいて高等弁務官は絶対的な存在である。


 なぜならば83光年も隔たりのある地球に対して、何事につけてもお伺いをたてていては統治が成り立たないので、ラザフォードの長たる高等弁務官には、国家指導者に匹敵する権限と自由裁量が認められているからである。


 予算も人事も委任された範囲において高等弁務官の裁量で決定され、憲兵隊を指揮して警察行政を司り、都市行政のすべての権限が高等弁務官に集中しているのだ。


 それに加えて駐留部隊に対する指揮権もあり、ルーランス人からすれば、まさに神のような存在といえよう。


 だが神というべき高等弁務官の権限範疇にない例外的な存在が、このラザフォードには2つ存在する。


 そしていま、そのひとつが回線でミレアに話かけてきている。


 地球連合大使ジャファル・サレム


「…聞くところによれば、そのエルフは我々との関係を求めているそうじゃないか」


 ミレアの職務はラザフォードの統治であって、外交…すなわち大使及び大使館に関しては彼女の権限は及ばない。


「私はそのような報告を受けていないので、大使のお言葉については返答いたしかねます」


 ジャファルの映像を正面から見据えながらミレアは淀みなく嘘をついた。


 大使からの連絡あり、という知らせを秘書から聞かされたときミレアは嫌な予感がしたが、やはり侵入者に関することであった。


 感謝すべきは映像回線で問い合わせがきたということだろうか。


 ジャファルが直接高等弁務官府まで出向いてきたのなら、最後まで押し問答につき合わなければいけないところだが、映像ならば自分に不利な状況になれば適当な名目で切ることができる。


「高等弁務官、これは地球連合がエルシオンとの間に国交を締結する格好の機会だ。そのエルフに会わせてもらえないかね」


 侵入事件に関する情報統制・情報操作はおこなわれていたものの、人の噂の速度は光より早いもので、既に大使の耳にも断片的な情報が入っていた。


 誰が噂の発信源なのだろうか、とミレアは思った。普通に考えれば科学局員か憲兵隊員のいずれかでしかありえない。


 守秘義務という言葉が美しき高等弁務官の脳裏を横切った。


『人の口に戸を建てることはできない』という東洋の国の諺は嘘ではなかったといことだ。


「侵入者への調査・取り調べが完了していない現状においては、安全問題等の観点から大使を侵入者に接見させることはできません」


 ミレアとしてはジャファルのようなノホホンとした人物に事件を引っかき回されるのは避けたかったのだ。外交という名のもと高等弁務官の管轄に介入され、結果的に事態が混乱・悪化し、結局はミレア自身が後かたづけをさせられるはめになる。


 手放しで大使に委任できるほどミレアはこの人物の能力を評価していなかった。


「…私には大使が今回の件を外交とリンクさせていることが理解できないのですが」


 事件は最後まで高等弁務官の管轄下で解決されなくてはならない…彼女は解決方針を変更するつもりは毛頭なかった。

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