第16話 憲兵隊本部に連行されるエルフの王女様

 サミーラの意識はまだ半覚睡状態にあった。


 いまだボンヤリとした感覚は自分がどういう状況下にあるのか自覚できずにいる。これまで見たことも想像もしたことのないような奇妙な寝台の上に拘束され、ひとりでに動く得体の知れない「何かが」ときおり奇妙な音を発しては不規則に彼女のまわりを動いていた。


 そして天界人が入れ替わり立ち替わり現れては同じ質問をしてくる。


 曰く、「どうやって侵入した?」「おまえは誰だ?」「他に仲間はいるのか?」「何を目的として侵入した?」


 誰もが口にする同じ質問に対して素直に答えることができたのは、意識が朦朧として抵抗する気が微塵も起こらなかったからだ。


 もうどれだけ時が過ぎたのか分からなくなっていた。何年も同じ場所に拘束されている気分になる一方、ひょっとするとまだ何日も経過していないのかもしれない。


 故郷にいる父たる国王のことを始め、姉たちや義弟、継母のことがやもすると闇に消がちな意識のなかに現れては消えていく。


「父上…」


 いまの自分の姿を父が目にしたら果たしてどう思うだろうか。


 栄誉は挑戦に対する報酬…サミーラは堂々とミクローシュに告げて超越の術に挑んだ。しかしいまや囚われの身となり王族としての誇りは失われてしまった。


「リース…」


 掛け替えのないパートナーはどうなったのだろうか。天界人に殺されてしまったのだろうか。


 すべては己の甘さが原因だ。






「…よって今後は侵入者の身柄を科学局から憲兵隊に移管することになった。これは高等弁務官命令である」


 ぶつくさ文句を言う科学局員を尻目に二名の憲兵隊員は隔離室内に移動した。検査台に拘束されているエルフのそばまで寄ると、後から入室してきた科学局員に指示して意識を覚醒させる薬剤を無針注射器で体内に注入させる。


 サミーラの細長い耳がピクピクと小刻みに震えて生体反応を示す頃には、検査台の拘束から解き放たれており、憲兵の手で上半身を起こされていた。


「目が覚めたか?」


 まだ瞼を半ば閉じた状態でいるサミーラはいまにも消え入りそうな小声でぼそぼそと何かを呟いた。もう一人の憲兵は科学局員から受け取ったカップをエルフの唇に当て、中味をゆっくりと喉へ流し込む。


 何かドロリとした感触で生温かいそれは甘い味がした。サミーラの意識は徐々に鮮明になりつつあったが、自分がどういう状況に置かれていて、これからどういう仕打ちを受けるのか想像すらできずにいた。いまだ霧がかかったようなボンヤリ感が残っていたので正常な思考ができないのだ。


 憲兵は検査台からサミーラを立たせると、彼女の両手に手錠をかけた。


「いいか、よく聞け。いまからおまえを憲兵隊本部に連行する」虚ろな瞳で手錠を眺めるエルフに憲兵は告げた。「魔法を使おうとは思うな。警告なしにその場で射殺する。逃亡を図った場合も同様に発砲する。連行間は常に顔を前に向けていること。余計なものを見ようとは思うな。質問も許さない。そして我々の指示には従え」


 マトスなしにどうして魔法が使用できようか。所持品をすべて取り上げられたサミーラにはボンヤリながらも天界人の危惧が馬鹿げたものに思えた。

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