第14話 高等弁務官のぼやき

「私の代で初の侵入事件が発生してしまったわけね。こういうことがいつかは起こるかもしれないと覚悟はしていたけれど、実際発生してみると正直気分がよくないわね…」


 ぼやく高等弁務官はロシアン・ティーに口をつけて気分を落ち着かせようとした。砂糖のかわりにジャムを使うこの紅茶をミレアはことのほか気に入っていた。


 睡眠中のところを憲兵隊長からの通報で叩き起こされて、大まかな概要は既に承知していたが、翌朝になって改めて考えてみると、それがとてつもなく大事件であることにミレアは気がついた。


 普段より早めに登庁すると、憲兵隊長が侵入事件の経緯に関する報告を実施すべく待機していた。本来であれば軍務局長と防衛軍司令がセットでいてもよさそうなはずなのだが、この二人の姿はまだ見かけていない。


「現在、捕獲した侵入者に関しては科学局の研究施設にて精査をおこなっています。そして逃走中の小動物についてですが、これは各部隊に支援を要請して憲兵隊と共同で一斉捜索中です」


 ノエルは滞りなく報告をおこなう。万事につけてそつがないとミレアは思った。


「誰も犠牲者がでなかっただけ不幸中の幸いというべきかしら、ね」


 ミレアは記録映像で映しだされるエルフを眺めながら、警備用アンドロイドが持つパラライザー(麻痺銃)の射撃性能の良さに感心した。現場の憲兵がレーザーを使用していたら今頃エルフの命はなかっただろう。


「それで…なぜ電磁シールドが突破されたのか判明したの?」


 この質問に対する返答は憲兵隊の管轄ではないことを知りつつもミレアは口にせざるえない気分だった。


「当時現場にいた憲兵隊員の証言とアンドロイドの記録によりますと『超越の術』と称する方法でラザフォードに侵入したものと思われます。おそらくエルシオン人特有の魔法によるものではないでしょうか」


 すらりと答えるノエルも「魔法」という言葉を口にするときはやや困惑気味の表情をしていた。科学的捜査を重んじる軍警察において非科学的な魔法を語るのは何か反逆思想を主張するような気分にならざるえないのだ。


 ノエルは高等弁務官の問いに答えるべく、記録映像の一部分を再生してミレアの机上に映し出した。




『おまえは誰だ? どうやってここに侵入した?』


『私はイリシア王室第四王女サミーラ。超越の術でそなたたちの結界を突破した』




 ミレアは溜息をついた。


「これが本当だったら大変なことね。電磁シールドに対する認識を根本から変えなければいけないのだから」


 防衛計画に関して軍務局長に指導したときの言葉をミレアは思い出した。結局のところ自分の危惧は正しかったわけだ。あの男は危機管理というものへの自覚がなさすぎる…高等弁務官の脳裏には軍務局長を更迭する考えが浮かんでいた。


 更迭処分…これは検討に値する。


「あなたもいろいろ大変でしょうけれど、頑張ってね。事件解決の折りには休暇をとりなさい」


「お心遣いは感謝しますが、自分にはすべきことが山積していますので」


「そういうことは実務担当者に一任して少しは自身の心身を気遣いなさい。あなたは効率的な治安システム確立したのだから憲兵隊長が少しの間不在だからといって問題はないでしょう」


「この度通達のあった超能力者摘発強化に関して自分は計画案を策定しなくてはいけません。近々ESP探知器が輸送されてくる予定ですので、その設置計画案を含めてやるべきことがまだ山積しています」


 ミレアは再度溜息をついた。


 ノエルは「できる女」であるが、あまりにも融通がなさすぎる。あるいはこの融通のなさこそが憲兵としての長所につながっているのかもしれないが。

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