第13話 憲兵に遭遇したエルフの王女様

 防衛軍司令部からの通報で防犯カメラをチェックし、ミケランジェロ公園に得体の知れない侵入者の存在を探知した憲兵隊は、警備用アンドロイドを急派した。そして間髪をあけずに本部から二人の憲兵隊員を現場に急行させる。


 帰宅していた憲兵隊長にはすでに本部からの連絡がおこなわれており、関係各部署にも通報がおこなわれていた。


 エアラフトで現場に急行した憲兵は普段は装備することのないレーザーライフルを手に、警備用アンドロイドと対峙している「夢の世界の生き物」へと接近していく。


「あれはエルフだな」


 憲兵の一人がエアラフト内でも口にしたセリフを再度口にした。彼はリーヌ・エルシオンに観光旅行した経験があったので、侵入者がエルフであることをすぐに見てとったのだ。


「おまえは誰だ? どうやってここに侵入した?」


 アンドロイドの近くで歩をとめた憲兵はエルフに質問する。ラザフォードのなかでエルフと会話する人間はおそらく自分が初めてだろうと思いながら。


「私はイリシア王室第四王女サミーラ。超越の術でそなたたちの結界を突破した」


 二人の天界人を目にしたサミーラは妙な安心感に包まれていた。というのも得体しれない「人形」よりも人間の方がまだ身近に思えるからだ。


「私はそなたたちの王と同盟の儀について交渉がしたいのだ」


「王…?」天界人は怪訝な表情をした。「ここにそいう者はいない。それにおまえは侵入者だ。ルーランス人がラザフォードに立ち入るのは条約で禁止されているのを知らないのか」


「そなたたちの街に無断で立ち入ったことについては詫びる。だが…そなたたちの王に取り次いでもらいたいのだ。頼む」


 サミーラは普段よりもやや低姿勢で天界人に懇願した。ここで天界人の王に会見できなければ命がけで超越の術に挑戦した意味がない。


「おまえは地球連合の租借領域に無断侵入をおこなった。よって規則に基づき取り調べと処罰をおこなわなければならない」天界人はサミーラに冷たく告げた。「憲兵隊本部に連行する」


 もう一人の天界人が拘束具のようなものを手にする。


 サミーラの顔が青ざめた。こういう展開は予想だにしていなかったのだ。王族たる自分が囚われの身になろうとしている。


『よしよし、よくぞやって来た。それでは同盟について語りあおう』という根拠のない甘い予想はいままさに崩れようとしている。


 無意識のうちに体が身構えて両腕に抱えられていた子竜が解き放たる。バサバサバサ~っという羽音とともにリースは舞い上がった。


 天界人の視線が見慣れぬ子竜の動きにそれると、サミーラはその瞬間を逃すことなく素早くその場から駆けだした。


『こんなはずではなかった…』


 全力疾走のエルフは何が計算違いをもたらしたのか判断できずにいた。


『こんなはずではなかった…』


 ハーハーと大きく呼吸を続けながらあてもなく逃走する。超越の術は使用できない。魔法陣を描き呪文を詠唱している時間がないのだ。それに一度成功したとはいえ次に成功するという保障はどこにもない。


「とまれ! 撃つぞ!」


 背後から天界人の怒鳴り声が響いてくる。


 捕えられればどういう仕打ちが待ち構えているのか予想だにできない。しかし決して愉快なものでないことだけはたしかだ。


「とまれ!」


 サミーラはマトス製アイテムを握りしめると逃げ足をとめることなく呪文の詠唱をはじめた。激しい呼吸のため口にする言葉は辿々しかった。


「氷の精霊よ。我の周囲に氷の結界を…」


 呪文を最後まで詠唱することはできなかった。


 これまで耳にしたことのない鋭い音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には暗闇が視界を覆い、何かを考えたり感じる間もなく意識が消え失せた。

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