第9話 劣等感はときとして力の源泉となりえる

『父上…』


 サミーラの姉たちはそれぞれが誇るべき何かを持っていた。


 有力貴族の長男に嫁いだ長女、魔法騎士として近衛兵の将軍職を拝命している次女、そして王立魔法アカデミーで高等魔導師として活躍している三女…三人が三人とも胸を張って誇れるものを持ち、国王から将来を期待されていた。


 四女のサミーラが誕生したとき父たる国王の発した第一声は「また女の子か…」という失望に満ちたものであった。少なくともサミーラは後にそのようなエピソードを聞かされていた。


 母は産後の容態が悪化してサミーラの成長を見届けることなく天に召されたので、彼女は母を知らずじまいでいた。生後間もなくは国王もそれなりの愛情をサミーラに注いでいたが、後妻を娶とり、さらにはその後妻が男子を産むに至って父の目は完全に長男へと奪われてしまう。


 国王の関心は初めての男子に向けられ、自らの後継者として並々ならぬ期待をかけ、前妻の子供たち以上にことのほか寵愛した。そして継母は何の影響力もないサミーラに辛くあたり、サミーラは嫉妬ゆえに父の寵愛を独占する弟と衝突が耐えなかった。


 そしてサミーラが何よりも我慢ならなかったのは弟との衝突に対しては常に「すべてはお前が悪い」と決めつける父の態度であり、子供特有の幼稚さに対する姉たちの冷淡さであった。


『私は…望まれぬ子』


 生暖かい感触が顔を這う。


 何も見えない。


 柔らかい光に包まれた感触は次第に薄れていくが、意識は朦朧としており肉体の感覚はほとんどない。感じられるものといえば、生暖かい何かが顔を這う感触ぐらいだ。


『私は死を恐れない…なぜならば誰にも望まれぬ子だから。この世に生まれてはいけなかったのだ』


 無謀な挑戦は失敗に終わったのだろうとサミーラは思った。いままさに肉体と魂は分離しようとしているのかもしれない。


 キュ~キュ~という鳴き声。


 聴覚をサミーラは感じた。


「リース…」


 無意識に自分の口が動く。そしてそれはまだ肉体が生きている証拠。


「リース…」


 ミクローシュに預けたはずの子竜がどうして戻ってきたのだろうか。脳天気のように見える子竜も案外自分なりの考えを持って行動しているのかもしれない。


 おぼろげながら視覚が回復してくると、悲しそうな鳴き声をあげながら細長い首と顔を擦りつけてくるリースの姿が目に入った。


「リース!」


 子竜の名前を叫ぶとともにガバッと上半身を起こしたサミーラは、そのときはじめて自分がどこかの地面に横たわっていたことに気がつき、己が死んではいないことを知った。


 リースを両手で持ち上げ胸元に抱きしめると独りでに瞳が潤んでくる。両腕のなかでもぞもぞ動く子竜の感触を彼女はただ黙って感じとっていた。

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