第7話 地球人の電磁シールド、エルフの超越の術

「王女殿下が死に赴かれるのを助長するのは、はっきり申し上げてお引き受けかねますな」


「私は死に赴くのではない。同盟の儀について交渉に行くだけだ」


 ブワ~っとパイプの煙を吹き出したミクローシュは、ブルック市場で手に入れた機械文明の喫煙道具を右手に、思いこみで視野が狭くなっている王女にはこれ以上何を言っても無駄だというのをはっきりと悟った。


 しかし例え相手がかつて自分を追放刑に処した国王の娘とはいえ、将来開花するであろう無限の可能性と、独特のカリスマ性を有するこの少女をむざむざ天界人の攻撃の標的にするのは、大人の責任として許されるはずがない。


 だが説得する度に少女は頑固さは増し、若者特有の死に対する希薄意識をあおり立てるだけであった。そして死の危険性は天界人に殺される可能性よりも、むしろ天界人の結界を突破する術にこそありえるのだ。


「超越の術が成功すると王女殿下は本気でお考えなのですか?」


「私は超越の術にすべてを賭けているのだ。それで我が命を失っても後悔はしない。栄誉は挑戦に対する報酬なのだから」


『超越の術』は魔法に従事するものであれば誰もが憧れる魔術である。


 それは時間と空間をより上位の次元を中継することによって別の時間・空間へと移動する術であり、いまだどの魔法使いも成功させたことのない「幻の魔法」なのである。


 伝説の世界スターティアラを訪れるためにはこの術を会得することが必要だとされており、スターティアラ研究家のミクローシュは長年この術の完成に心血を注いでいた。


 サミーラは大学の書庫に保管されている古代エルフ族の古文書を読みあさり、書庫を半ば住居代わりにしつつ、超越の術について自分なりの結論を導きだし、公式記録上ではいまだ誰も成功したことがない魔法に挑戦する気でいた。


 超越の術に成功する確率は万にひとつもない。


 たとえ成功したとしても侵入者であるサミーラに対して天界人はいかなる反応を示すだろうか。プライドの高さが災いして天界人の怒りを買い、命を代償とする最後を迎えるのではなかろうか。


 あるいは…、とミクローシュは思った。


 自分はこの少女の無謀さに嫉妬しているのではなかろうか。


 長年心血を注いできた研究をこの王女がいとも簡単に会得し、そして成功してしまうことに。命の危険は建前だけにすぎず、無意識ではサミーラが成功することを恐れているのかもしれない。


 名声を失ったはずの自分にまだそういう感情が生々しく残っていることに高等魔導師は心のなかで苦笑した。


「これ以上何を言っても貴方の決意は変わらないようですね」ミクローシュはパイプのなかの煙草を地面に捨てると、笑顔を浮かべてサミーラに言った。「成功をお祈りしています、王女殿下。願わくばエルシオンに新しい時代をもたらさんことを」

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