第6話 天界人 = 地球人

「本当に行かれるつもりなのですか、王女殿下」


 大学の中庭に据え付けられたベンチには、かつてエルシオンでは知らぬ者がいないとまで言わしめた高等魔導師がパイプをのんびりとくゆらせ、隣りに座るイリシア第四王女に決意の程を確認していた。


「私の決意に変わりはない。私にはどうしても天界人の王と会見する必要があるのだ」


「ラザフォードに天界人の王は存在しないのですよ、王女殿下」


 これまで幾度となく説明しても理解してもらえない事実をミクローシュは繰り返した。決して愚かではないが、とかく性急で、時としてコンプレックスが奇妙な形で現れる王女に、ミクローシュは父親のような寛大さで接した。


「ミクローシュ殿は天界人の街に興味がないのか?」


 サミーラは膝の上で昼寝をしている子竜を両手で撫でながら、遠回しにミクローシュも自分とともに行動してもらいたい願望を口にした。


「もちろん興味はありますよ。ですがラザフォードまで行かずとも、ここでも天界人とは話ができますでしょうに」


「ここに来る天界人は春を買うことにしか興味がない」サミーラはノートン通りの娼館を出入りする天界人の一団について苦々しく告げた。「あの者たちでは話にならない。私は同盟の儀について天界人の王と交渉がしたいのだ」


 サミーラがなぜ天界人との同盟にこだわるのか、それは以前から何度も聞かされていたからミクローシュは改めて問うようなことはしなかった。


 中庭を通り過ぎる魔法使いの卵たちに手を振って挨拶すると、彼は抑制のきいた小さな声で言った。


「エルフによる覇権世界を考えるのはお辞めなさい」


 サミーラはあたかもミクローシュが卑語を口にしたかのような驚きで両目を見開き、そのようなことを言われるとは夢にも思っていなかったから高等魔導師を凝視せざるえなかった。


「それはミクローシュ殿の言葉とは思えない」


「私は『異端者』なのですよ、ご存知ありませんでしたか?」


 弟子に裏切られ教会に異端のレッテルを貼られたとき、そのことに対して最終的な同意を与えたのはサミーラの父である国王であった。


「父上のおこないは過ちだったと思っている。陰謀のことは後で私も耳にした。だが…」サミーラは凛とした視線で続けた。「…私はイリシアの王女としてエルフのあるべき地位を確立しなければいけないのだ」


「貴方はただ父親に認められたくて無理な背伸びをしているだけだ」


 ミクローシュはサミーラの持つコンプレックスを容赦なく指摘した。この少女がこのままラザフォードに侵入し、天界人に殺されるかもしれない事態を黙視することができないのだ。


 核心を突かれた王女は唖然とし、そして項垂れ、子竜のなかに何か助けでも求めるかのように視線をリースへと向けた。


 程良く照りつける日差しのなかで子竜は無防備な姿をさらけ出して眠っていた。食べること、眠ること、遊ぶことの3つにしか興味がなく、竜らしい闘争本能がまるで存在しないリースを、サミーラはかけがえのない存在として深い愛着を抱いていた。


「ミクローシュ殿にしばらくの間リースの世話をお願いしたい」


 天界人の巣窟に飛び込んで無事に帰還できるという保障はどこにもない。サミーラにもそれくらいの自覚はあった。そしてそのことにリースを巻き込むのは正直気がひけた。

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