第4話 二人の女に挟まれて

「ウォン少佐に要件があるのだけど…構わない?」


 高等弁務官の言葉にノーと答える受付アンドロイドが存在するはずもなかった。


 ミレアの後ろから慌てて憲兵隊本部内へと入ってきたジュリエットは、「受付に文書を手渡して終わり」という当初の行動予定が次第に綻び初めていることに終始受け身でいるしかなかった。…というよりもミレアの敷いたレールの上をいいように走らされているという表現の方が的確なのかもしれない。


『どうしてこの人は…』


 小さな親切、大きなお世話という言葉がまさにピッタリな状況であるものの、ジュリエットはこの見知らぬ女性の行動に、何か親切以外のものが存在するのではないかと勘ぐっていた。


『ところでウォン少佐とは何者だろう? この人の知り合いの憲兵? …まてよ、ラザフォードに駐留する憲兵隊の規模で少佐といえば』


 その先の思考は二人の憲兵が通りかかったことにより途切れた。憲兵はミレアに最敬礼をおこなうと建物の外へと去っていく。


『最敬礼? この人は…』


 背を向けたミレアからは何者なのか判明がつかない。とにかく文官服を纏っているところから文官であることだけは確かであった。思っていたよりもランクの高い文官…。


 ミレアの身元にあれこれ頭をめぐらせていると、ホール奥のエレベーター扉が開き、少佐の階級章をつけた女性軍人が姿を現した。先程の憲兵とは明らかに異なる…厳格なオーラを漂わせながら、つけ込む隙のない仕草で近づいてくる。


 そしてミレアに最敬礼するその姿は軍人の基本教練マニュアルに謳われている模範的なフォームそのものであった。(本来ならば階級が下のジュリエットが先に敬礼すべきなのだが、成り行きにのみこまれて後出の敬礼になっていた)。


「お待たせいたしました。高等弁務官が憲兵隊本部に直接お越しになられたのは、回線では指示できない何か重要な問題が発生したということでしょうか」


「いえ、そういう大それたことではないの。あなた宛の文書が機動歩兵隊に誤って配送されたみたいで、それでこの子がその文書を貴方にまで届けようとしたのだけど、この前の宇宙船で来たばかりなのでここの地理に不慣れで…そこの通りで迷っていたところを私が案内してあげた。簡単に説明すればそういうことかしら、ね」


 女性軍人の射抜くような視線がジュリエットの階級章と顔の相互に浴びせられた。


「少尉…おまえは高等弁務官に道案内をさせたのか?」


「いえ、自分は…」


 これまでの会話の流れで目前の女性軍人が憲兵隊長であるのは簡単に推量できた。


 そしてラザフォードのことには無知なジュリエットでも、高等弁務官という役職がここの最高責任者であることぐらいは知っていた。


『悪夢だ…』


 超能力者であることが発覚する云々を別にして、率直にそう思わざる得なかった。


「おまえの部隊長はいったいどういう教育を部下にしてるんだ?」


「まあ、いいじゃないの。この子が特に何か悪いことをしたというわけでもないのだから。わざわざあなたに文書を届けに来てくれたわけでしょう」


 高等弁務官は「この子」という表現でジュリエットを子供扱いにし、他方で憲兵隊長は右も左もわからない新参者に牙をむき出しにする。彼は内心『どうにでもなれ』と開き直ると嵐がこれ以上酷くならないうちに文書を手渡して帰投する算段をはじめた。





「宛先を確認しないまま開封、か…おまえの部隊はルーチンワークで弛んでいるな」


 開封済の文書を受領したノエルはさらなる追い打ちをかけてくるが、ジュリエットは黙ってその言葉を受け止めた。


「電子媒体を使用せずにわざわざ紙で送ってくるなんて…何だか時代錯誤で珍しいわね」


 紙媒体に感心する高等弁務官を傍目に文書の標題へとノエルは視線を走らせた。


「超能力者摘発強化に関する通達ですね」


「超能力者? …このラザフォードにも超能力者が存在しているということ?」


 ミレアが高等弁務官に就任して以降、超能力者がラザフォードに存在したという話を耳にしたことはなく、彼女以前の高等弁務官時代にも存在したという記録はなかった。


 ノエルは詳細について喉元まででかかったが、高等弁務官を立たせたままで説明するのは気配りが足りないことは明らかであり、それに本来ならば注意扱いの文書内容をこのような場で口にするのは望ましくなかった。


「この件に関しましては、後日しかるべき資料を持参してご説明にあがります」

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