おっとり巫女さん登場‼

 寮で早速お風呂に入って汗を流した私達は、新しい装束に着替えてから昼食をとる為に食堂に来ていた。


「はぁ~。あかね様って凄い厳しい方だったね~」

「でもあかね様の仰ってたことも分かるわぁ~。先輩方も結構個性強すぎな人いるし」

「その筆頭格は間違いなく神主様だと思うけど……」

「アタシがどうしたの?」


 と、明るい声が背後から聞こえてきた。


「か、神主様っ⁉」


 なんと雅華神社の神主様こと、西園寺彩芽様がお盆を手にして私達の後ろ立っていたの。


「神主様も、お昼時なんですかぁ~?」

「そうよ~」


 この状況に全く動じない睡蓮ちゃん。やっぱりこの子って何事においても動じない子で凄いわ~。


「あっ、そっか。君達がお昼取る時って基本的に巫女達がいない時だったわね~」

「今日はそうじゃなかったんですか?」

「うん、仕事が少なくて時間が取れたの~。だからちょっと早めのお昼ごは~ん」


 雅華神社の神主様らしからぬ軽いノリ。ある意味でこの雅華神社随一の個性派だと言えるわね。とっても失礼かもだけど。


「それに~、繭の料理ってめちゃくちゃ美味しいから~。仕事で疲れた私の心と身体を癒してくれるのよ~」

「なるほど……」


 確かに寮母様の料理はすっごく美味しい。疲れた身体と心を癒してくれるって言うのは私もおんなじだし。


 っと、そう思いながら私達の番が来たわ。今日の私のお昼ご飯はお魚定食。睡蓮ちゃんは焼肉定食だ。


「睡蓮ちゃん、大丈夫なの?」

「何がぁ?」

「口の匂い、女の子なら気にしないと」

「大丈夫やでぇ~。九条院家が売っているこれがあるからぁ~」


 そう言いながら睡蓮ちゃんが装束の裾から取り出したのは、九条院家の家紋が刻まれた袋だった。これって、見覚えがあるわ……。


「九条院薬剤店特性、口臭対策の薬草を練り込んだ噛む形式の錠剤やぁ~」

「女の子たちの間で話題になってる商品でしょ?」

「そうやでぇ~。しかもこれは先月発売になったばっかりの新作やでぇ~。うちも試してみとぅて買ってみたんやぁ~」

「前から知ってるんじゃないの?」

「企業秘密は九条院家の人間でも、経営陣しか知り得ないことやからなぁ。経営に関わっとらん人間は同じ九条院家でもあくまでお客様になるんやぁ。だから特権なんてものもないんやでぇ~」

「き、厳しいんだねぇ~」


 九条院家は実力主義の企業とは聞いてたけど、身内でも平等に見てるんだ……でもだからこそ嫌味がなくて、むしろ好感が持てるわ。


 ともあれ、私達はそれぞれ昼食を寮母様から受け取って適当な席に座ろうと食堂をうろついた。って、あれ?


「ねぇねぇ睡蓮ちゃん、あそこでずっと寝てる方がいるわ……」


 食堂の奥から二番目の左のはす向かいの席で、机に突っ伏して眠っている栗色の波打った長い髪の巫女さんが見えたの。


「ほんまやなぁ~。あの感じやと、結構前から寝てるっぽいなぁ~」

「あぁ~。あの子ったら、また隙だらけに寝てるわねぇ~」


 すると後ろにいらした神主様がすすっと移動され、その巫女の隣に座って昼食をとられる……


「ふふっ……」


 と、思いきや、その巫女の緋袴の切れ込みに手を入れ、お尻や太ももを触り始めてしまった。


「ちょ、神主様っ⁉」

「眠ってばっかりで隙だらけだから、これくらいは大丈夫だと思うんだけど?」

「大丈夫とかそう言うことじゃ……」

「まぁ、寝てばっかりの巫女にはオシオキってことでぇ~❤」

「神主様っ!」


 すると、ついさっき私達を注意してきたあの声が食堂の出入り口から聞こえて来た。振り返ると、我らが雅華神社の風紀係、間宮あかね様がいらっしゃった。


「あ、あかねちゃぁ~ん。どうしたんだい?」

「私も今から昼食をとるんです。先輩方と仕事を一時交代してきたんですよ」


 ぷんすか怒っているあかね様はそう言いながらお盆を取って、お魚定食を受け取りながら私達の所へやってこられた。


「それにしても、また小百合さゆり様はお昼寝中なんですね……」

「小百合様?」

五条小百合ごじょうさゆり様、この雅華神社の第三実働部隊の隊長を務めてらっしゃる方よ。私も去年まで、この方の下で巡回をしていたのよ」

「第三実働部隊の隊長……」


 そう呟きながら私は改めて小百合様を見てみた。一見すると、大変失礼ながらそのようには思えない。


「恋様や涼音様より一年後輩にあたる方だけど、実力はお二人に引けを取らないものがあるわ。水と雷の呪術を得意とされていて、弓術も飛びぬけていらっしゃるわ。って、そんなことよりも……」


 あかね様はそう仰りながら小百合様の右隣に移動されて両肩に手を置かれた。


「あかね様っ、もうお昼ごはんの時間ですよ~!」


 そう仰りながら、ぶんぶん小百合様を前へ後ろへ乱暴に振り始めた。


「ちょ、ちょっとあかね様っ⁉」

「そない乱暴にしたらあかんとちゃいますのぉ~」


 これにはさすがの睡蓮ちゃんも動揺してる。そんな中、神主様はくすくす笑われていた。


「神主様っ、これっていいんですかっ⁉」

「いいのよ~。小百合ちゃんってば神社の中じゃあいっつもこんな感じよ。時間がある時は境内のどっか師らで腰を下ろしてお昼寝してるから、この雅華神社で一番おっとりしていて隙だらけの巫女ってことで有名よ」

「隙だらけの巫女……」


 確かに、神主様の仰ることはよく分かる。だって今も隙だらけなんだもん。


「ううん~? なぁに~?」


 そんなことを思ってると、小百合様がゆっくり目を開けられて伸びをされた。


「やっと起きましたね……」


 あかね様はやれやれと言わんばかりの態度で小百合様から離れた。


「あれれ~? あかねちゃんったらどうしたのぉ~?」

「どうしたのぉ~? じゃないですよっ! またこんなところでお昼寝なんて、神主様に身体をまさぐられてたことにも気づかれないですからぁ~」

「だってぇ~。ねむかったんだもぉ~ん」

「全くあなたって人は……」


 頭を抱えられるあかね様。すると小百合様は私と睡蓮ちゃんの方に眠気眼のまま視線を移された。


「あなた達って……」

「深山沙綾です」

「九条院睡蓮ですぅ~」


 私と睡蓮ちゃんは小百合様にお辞儀をした。


「あぁ~。今年入ったばかりの新人ちゃんねぇ~。私は……」

「五条小百合様、ですよね。第三実働部隊長の」

「あら? もう私のこと聞いてたのぉ~」

「はい……」


 ウトウトされている小百合様。本当に隙だらけ……。


「もうお昼は取られたんですか?」

「とったわよ~」

「食べてすぐに寝ると、牛になっちゃいますよ?」

「もぉ~」

「ふざけないでくださいよっ‼」


 あかね様、ずっと小百合様のおっとり具合に翻弄されてる……。すると神主様が私と睡蓮ちゃんの間に入ってひそひそとこんなことをおっしゃった。


「あれが二人のいつもの光景よ。上司と部下だった頃から、いつもあんな感じだったから」

「そうですか……」


 雅華神社の巫女にも、色んな人間関係があるんだなぁ~。

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