浄化呪術って大変だなぁ

「浄化呪術は、私達雅華神社の巫女達が、魔物と出くわした時に基本的に使う呪術なの」

「雅華神社の巫女達の基本的な魔物との戦術は相手を制すること。おとなしい魔物達が襲い掛かってくるときは、邪気に囚われていることが多いの。まず第一に、浄化呪術で邪気を取り除く。第二は弱の身を抽出して叩く。それが不可能か、人に害が及ぶ極めて危険と判断すれば、攻撃呪術と武器による駆除に移るわ」


 雅華神社の巫女達の基本戦術は「相手を殺す」のではなく「相手を制する」ことで、殺害は最終手段となっているの。雅華神社の巫女達は人間であれど魔物であれど、可能な限り殺生を行わない。命を尊重するというのが基本姿勢となっているの。


 これは雅華神社を始めとする巫女達が崇拝する雅華神道の教義になっているからなの。


「浄化呪術の中でも、私達が特に使っているのが邪浄閃光じゃじょうせんこう。これは使い方次第で手強い魔物の弱も払うことが出来る強力な呪術なの」


 浄化呪術にもいくつかあるけど、この呪術は初めて聞いたわ。


「この呪術は、私達雅華神社の開祖が編み出した浄化呪術の一つなの。そして必ず学ぶ浄化呪術だから、しっかりと覚えるのよ」

「そしてこの呪術を発動する為に必要なのが、この印籠よ」


 そう言いながら姫華様は、装束の裾から二つの印籠を私達に手渡された。


「これが邪浄閃光に使う印籠よ。これに霊気を流すことで発動できるわ」

「ただ流しこめばえぇんですか?」


 愛梨様の説明に、睡蓮ちゃんが可愛らしく首を傾げながら尋ねた。


「その流しこむところでコツが必要になるの。まずは二人共、やってみて」


 愛梨様に促され、私と睡蓮ちゃんは霊気を取り込み、霊力に変換して流しこんでみたんだけど……。


「うわっ⁉」

「なんやこれっ、めっちゃ霊力が吸い取られちゃうわ~」


 印籠に霊力を流しこんだ途端、凄まじい勢いで霊力が吸われてしまった。


「そうでしょ? この印籠は霊力を急速な勢いで吸収してしまうの。でもこの印籠を通じて呪術を発動すると、その効果を何十倍にも跳ね上げることが出来るわ」

「そして邪浄閃光の真の力を発揮するには、この印籠無くして有り得ないわ」


 愛梨様と姫華様のご指導を受け、私は改めてお二人の凄さを思い知った。


「睡蓮ちゃんは一度に取り込む霊気が多いとはいえ、細かい制御を学ばないと追いつかなくなってすぐに霊力が切れてしまうわ」

「沙綾ちゃんは制御はうまいけど、一度に放出する霊力の量を調節してから制御しないと難しいと思うわ」


 愛梨様と姫華様の仰る通り、これは一朝一夕で会得できるものではないかも知れない。


「一度コツを掴めばかなり楽よ。この印籠を介して浄化呪術を扱えるようになれば、霊力の糸の操作の修業も相まって、他の呪術の錬度向上にも繋がるわ。この二つの霊力操作を会得できることが、雅華神社の巫女としての真の第一歩を踏み出せるわ」

「真の第一歩……」


 愛梨様は微笑みながらそう仰ったけど、巫女としてはまだまだ私達は第一歩を踏み出していなかったのね。


「なら、一日でも早くこの技術を会得できるようにしないとねっ!」

「うちも頑張らなあかんなぁ~!」


 睡蓮ちゃんも、いつにも増してやる気になってる。そうだよね。私達はここで踏みとどまる訳にはいかないわっ!


「これだけやる気があれば、心配はないわねっ」

「分からないことがあれば私達がいつでも相談になってあげるわ」


 愛梨様と姫華様の激励を受け、私達はそれから一時間、みっちり技術を会得しようと修行に励んだわ。



⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶⊶


「はぁ~! 疲れちゃったわ~」


 午後七時になり、修行やら巫女としての勉強やらを終えた私達は寮に戻ってぐったりになりながら休憩に入っていたわ。


「やっぱりこの呪術と霊力の糸、結構難しいなぁ~」

「うん、この印籠って本当に霊力の吸い取りがが半端じゃないわね。これを使って浄化呪術を使いこなされてる雅華神社の巫女って凄いわね~」


 私と睡蓮ちゃんの霊力操作に関する課題は対照的。私は霊力量を調節すれば更に細やかな制御が出来ると言われ、睡蓮ちゃんは霊力の取り込みの量を抑えて、霊力操作の基礎固めをするということになってる。


「うちなぁ、まだ霊気の取り込みの制御がむずかしゅうて、まだまだ沙綾ちゃんには及ばんわなぁ~」

「でもそれで私と同じくらいの時間の霊力の糸を生み出せたのは凄いわよ。私なんか細すぎるって言われたんだよ~?」

「うちは太過ぎるって言われてもうたしなぁ~。あっ、そういえばなんやけど~」

「どうしたの?」

「愛梨様と姫華様の霊力の糸の修業やけど、今考えても、何でこちょこちょやったんやろう~?」


 ……そう言えばそうだわ。本当に変な修行だったわ。むしろ変態的な感じがするようなしないような……。


「二人とも~。晩御飯の用意が出来たから、食堂に降りて来てねぇ~」


 すると寮母様が私達の部屋の戸を開けて晩御飯の準備が出来たことをお伝えにいらっしゃった。


「はいっ」

「はいな~」


 私達は立ち上がって寮母さんに付いていくことになったわ。


「今日は巡回と呪術の稽古があったって聞いたけど、どうだった?」

「大変でした。巡回は街の人達の為に細かいとこまで目を配らなければならないし、浄化呪術は霊力操作が難しくて大変だしで、皆さんの凄さを感じました」

「最初は大変だと思うけど、頑張ってね」


 寮母様は微笑みながらそう仰ったわ。


「ところで、寮母さんはご存知なんですのぉ~」

「どうしたの? 睡蓮ちゃん」

「愛梨様と姫華様の霊力操作の修業のこと?」

「ああ~……またあれをしたの?」

「ご存知なんですか?」


 私はちょっと驚きながら寮母さんに尋ねた。


「二年前に浄化呪術の教官になってからずっとそうだったわ。ああされると気持ちがいいからって言っててね……」


 苦笑いしながらそう仰った寮母様。ああ、本当に有名なんだ……。


「愛梨ちゃんと姫華ちゃんは、この雅華神社でも飛びぬけてお互いを思い合っていることで有名なの。心も身体も、ね」

「心も……」

「身体もなぁ~」


 なんか、納得しちゃう私。隣の睡蓮ちゃんも、うんうんって頷いてるから多分おんなじなんだと思う。


「結果的により精密な霊力操作が出来るようになったからいいんだけどね」

「それって公私混同してるような……」

「でも結果が付いてきちゃってるからねぇ~……」


 この感じだと、寮母さんも複雑なのかも……。


「雅華神社は仕事が過酷な分、巫女達の絆はとっても強いのよね。異性と関係を結ぶことを禁じられているし、そういう関係になっちゃう巫女も多い訳で……」

「寮母様は神主様とそういう関係にならへんかったんですかぁ~?」

「ちょ……⁉」


 睡蓮ちゃん、なんてことを聞いてるのよっ⁉


「ご想像に、お任せするわぁ~」


 ルンルンな足取りで私達の先を行かれた寮母様……えっ?


「あれは図星やなぁ~」

「あぁぁぁ……」


 雅華神社、恐るべしっ!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る