寮母さんは立派な方だなぁ……。

 式の後、私と睡蓮ちゃんは涼音様に連れられて、涼音様が私達の為にご用意されたお弁当で昼食をはさみながら境内を案内された。気づくと外はもう夕方になっていた。


「さて、大体この雅華神社の境内は分かったかしら?」

「はいっ!」

「はい~」


 はきはき答えた私と、相変わらずはんなりした態度で応える睡蓮ちゃん。


「じゃあ最後は、今日からあなた達が使うことになる寮に案内するわ。もう夕方だし、そこで夕食時までゆっくり身体を休めるのよ」

「ありがとうございますっ!」

「ほんま、おおきに~」


 私と睡蓮ちゃんは、そのまま境内の西側にある朱色と橙色の煉瓦屋根が特徴的な白い壁の寮に案内された。


「ここが私達の寮、朱蓮しゅれんよ」


 そう言いながら涼音様は、朱蓮の入口の戸を開けた。


「寮母様~!」

「は~い」


 そう言いながら寮の廊下の奥から、藍色の長い髪を後ろで一つ結びにし、桃色の着物の上に白い割烹着を着こんだ綺麗な女の人が出て来た。


「繭様、この二人が今年新しく入った巫女達です」

「そう……私はここの寮母をしている、龍宮院繭りゅうぐういんまゆと申します。今日からよろしくね」

「「よろしくお願いします!」」


 私と睡蓮ちゃんは寮母様に深々とお辞儀をした。


「繭様は凄いのよ。家事だけじゃなくて、かつてはこの雅華神社の巫女で、呪術も薙刀術も、当時の雅華神社内で最強と呼ばれていた方なのよ」

「周りは、そう言ってたわね。自分では分からなかったんだけど……」


 涼音様の紹介に、寮母さんは照れくさそうに頬を赤らめた。


「ちなみに、今の神主様たる彩芽様は繭様の同期で、かつてはお二人で世界を旅されて負の霊気をこの世から消滅させた英雄でもあらせられるのよ」

「えっ⁉」

「そうなんですの~?」


 私も睡蓮ちゃんも、あまりのことに驚いて開いた口がふさがらなかった。


「ま、まぁ、そんなこともあったわね……とりあえず、ここでずっと立ち話をするのも何でしょうし、中に入ってあなた達の部屋に案内するわ」

「「は、はい」」

「涼音ちゃん、ありがとうね。後は私に任せて」

「はい、では私はこれで」


 そう言われて涼音様は寮母様に一礼して立ち去られた。


 戸惑う気持ちに整理を付けられないまま、私と睡蓮ちゃんは寮母さんと一緒に寮の中を案内された。そこで私は気になって、寮母様に先程の話を尋ねてみた。


「あの、さっきのお話なんですけど……」

「ああ、二十年以上前なんだけどね。聖麗山に舞い降りた神の子のお話って知ってるかしら?」

「知ってます‼ 勿論ですものっ‼ 世界に蔓延していた負の霊気をこの世から浄化した神様のお話。まさかその時幼子だった神様と一緒に旅をされたのが、昔の神主様と寮母様だったなんて……」

「びっくりやわ~」


 睡蓮ちゃんもはんなりした態度だけど、驚きを隠せないのは同じだったみたい。


「それで、彩芽のことなんだけど……大丈夫だった?」

「大丈夫と申しますと……」

「あなた達に対して粗相はなかったかどうか、気になっちゃって……」

「ああ、その……」


 心配そうな寮母さんに、私は何のことか分かったよな気がした。雅華神社の神主様らしからぬ親しみやすさ、大変失礼な例えをすると、なれなれしいってことかな……?


「あの子、剣術の腕は当代随一で、呪術の扱いも私に次ぐくらいだったわね。まぁ、性格は昔からあんな感じだったし、若い頃は雅華神社一の問題児でしたわ」

「そうだったんどすか?」


 そこで睡蓮ちゃんが会話に加わって来た。


「素行に問題はあるし、他の巫女達への激しい触れ合いは多いしで、先々代の神主様の悩みの種だったの。私も同期で同じ寮室だったから、結構振り回されたの」

「それは、何と言いますか……」

「納得してまいますな~」

「ちょ、ちょっと睡蓮ちゃん⁉」


 臆面もなく言っちゃうの⁉ この子は……。


「ふふっ、全然いいわよ。事実だもの。十年前に神主に指名された時は驚いたわ~。でもその頃には実力でも既に敵う人は誰もいなかったし、問題児とは言え、とっても親しみやすい人柄で周りを引き付ける魅力もあるわ。先代の神主様も大胆なことをされたと思うけど、結果的に正解だったわ」

「でも、実力なら寮母様だって肩を並べたのでは?」

「武芸や呪術にはちょっとは自信があったんだけど、あの魅力には到底かなわなかったわ。それに、教官としてみんなを教え導くって言うのも向いてなくてね。それで、彩芽が神主になったのと同じ頃に、寮母さんの仕事を先代から引き継ごうって決めたの。巫女達のお世話をする。そんな仕事にも興味があったからね。何より、彩芽とはずっと一緒に同じ場所で仕事をしたいと思ってるし……」

「そうだったんですか……」


 寮母様のお話を聞いてると、本当に神主様と仲がよろしいのが伝わってくる。


「あっ、二人共、ここがあなた達のお部屋よ」


 そうこうしている内に、私と睡蓮ちゃんは、これから使う寮室に到着していた。


「夕飯の時間になったら、また呼びに行くわ。それまではここで休んでてね」

「「はい、ありがとうございます」」


 寮母様にお辞儀しつつ、私達は部屋に入った。

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