「いったい何なんだよ!」

 辻堂つじどうは確実に喰われている状況に当たり前の叫び声を上げる。

 そして頭の中では、道祖土さいどはどうしてこの場所に来るように言ったのだろうという疑問が浮かび上がっていた。

 この大神おおかみ道祖土さいどを知っているようだった。

 説明すると言いながら食べられたということは、道祖土さいどが自分をこの化け物に喰わせるために送り込んだのか、と辻堂つじどうは温かい大神おおかみの体内で、自分の疑問に対しての答えを導き出していた。

 そして、それに対し素直に従ってしまった自分も悪い、だが騙すことないじゃないかと文句を言う。

 情けないやら腹が立つやら、とにかく複雑な気持ちで居ればあたりに先ほどの大神おおかみの声が響いた。

「説明をしないとは言っておらん。それに状況が状況だからとはいえ、何も知らぬ貴様が何事もわかっている友を責めるのはちと了見違いじゃな。言うておくが我の喰い物は人ではない」

「食べておきながら違うっていうのか?」

「違うのだから仕方なかろう。まず貴様は己がどのような者なのかを知らねばならぬ。己の体をよく見よ、それこそが貴様の不調の原因であり、貴様が持っておる力でもある」

 大神おおかみの声に促され、自分の体を見てみればじんわりと色彩豊かな何かが滲み出しては丸い塊となって、シャボン玉が飛ぶように揺らめきながら辺りの白い壁に染み込んでいく。

 白い壁は一瞬吸い込んだ玉の色に染まって、鮮やかな水玉模様が出来上がるがすぐに元通りとなり、再び辻堂つじどうの体から出た塊を飲み込んでいた。

 煌めくネオンの町中に居る様に鮮やかなあたりの景色に見とれ、時間が経つほどに宿香御堂やどこうみどうに来るまで感じていた重苦しさは無くなり、疲労感も薄らいでいく。

「あれ? 体が」

 辻堂つじどうが自分の体に起こっている異変に気付き、思わず声を漏らせば大神おおかみはその様子が面白いのか少し笑った。

「貴様の不調の原因であり、道祖土さいどが貴様をここに仕向けた要因はこれだ。これらの光の粒は貴様に引き寄せられてやってきたかつては神であったものや、神から剥がれ落ちたその残骸、そしてさらにそれに引き寄せられた雑魚ども。我が喰らうのは人に非ず」

「まさか、この光の粒を喰っているのか?」

「さよう、我が喰らうのは貴様が集めているこのような連中だ」

「集めているって、こんなのを集めた覚えはないぞ」

「貴様の意思があろうとなかろうとそれが貴様の力なのだから仕方なかろう。貴様の力は憑代よりしろの力だ。時に貴様、神であれ人であれ、己の存在を確かめるすべは何か知っているか?」

 大神おおかみの急な問いかけに、一体何の話をし始めたのだろうと辻堂つじどうは首を傾げながら、その問いかけの答えが分からず頭を横に振った。

「貴様、体ばかりが立派で頭は伴っておらぬのか」

「う、うるさいな。わからないから仕方ないだろ」

「もう少し考えてもよかろうに。まぁいい、それは己以外の他者に認識されるか否かだ。己一人がどんなに自らの存在を主張しようとも同調してくれるものが居なくては、それがそこに存在しているとは言い難い。ただ名前を呼ばれるだけでもそれがそこに存在していると証明してくれいている。存在を他者に認めてもらう事、それは人間よりも神仏の方がずっと難しい事だ。目に見えて『そこ』にあるわけではないからな。あるのは人間が創りだした像であったり建物であったりするだけだ。形あるものは失われることもある。そうなれば、目に見える存在を失う。神仏にとって認めてもらうことこそが存在理由だ。ゆえに、信仰が無くなり人々に忘れ去られた自らの存在を無くしかけた者は、自らの存在を形としてあらわそうとする。その一つが貴様のような憑代よりしろの力を借りる事。今回貴様は己自身を理解してなかった為に、身体を己の存在を主張したい連中に乗っ取られるだけ乗っ取られ、無数の存在を抱え込むことになった。しかし、力を理解し己の物とすれば憑代よりしろの力を自身の意思で自由に使うことも可能だ。現世で貴様が分かりやすい例と言えばイタコだろうな、知っているか?」

「心霊特集みたいなテレビ番組で見た事があるけど、霊を呼び出すとか乗り移らせるとか、胡散臭い感じだったな」

 辻堂つじどうの言葉に大神はフンと大きな鼻息を出して、少々憤ったような雰囲気になった。

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