「おい、何やっているんだ、お前達は」

 大きな叫び声を聞きつけ何事かとやってきたみことが、瞼を固く閉じて廉然漣れんぜんれんから顔を背けるようにしている辻堂つじどう知哉ともや、そしてその場に突っ立って空に向かって腕を掲げる廉然漣れんぜんれんの様子をみて呆れたような声を出せば、二人は閉じていた瞳を開く。

「あ、あれ、脱いでない」

 証拠というからてっきり下半身を露出しようとしているのだと思った知哉ともやが思わず呟けば、廉然漣れんぜんれんが大きな声で笑いだし涙まで浮かべて笑い転げた。

「やだ! もう、おかしぃ」

 その様子を見ていたみことは笑いが止まらない廉然漣れんぜんれんの襟元をつかみ、強制的に自分の方を向かせる。

 冷めきった視線をこれでもかというほどに廉然漣れんぜんれんに浴びせ、口元では優しい笑みを浮かべた。

「一体何がどうなっている。廉然漣れんぜんれん、お前が原因か?」

「あら違うわよ。私が男かどうか確かめたいって言うから確かめさせてあげようとしただけだもの」

「それだけでこの騒ぎになるわけがない。どうせ、要らぬ悪戯をしたのだろう。どうしてお前はそうなのだ、そんなに私に息の根を止めて欲しいのか? ん?」

「まさか、そんなわけないでしょ。神子みこちゃんを敵に回すほど馬鹿じゃないわよ。手を出すなって神子みこちゃんに言われているからちゃんと喰ってないでしょ。神子みこちゃんを敵に回すならとっくにやっちゃっているわよ。ちゃんと手を出さずにいてあげているってことが良い証拠だと思うけど」

「分かっているならいいが、あまり悪ふざけが過ぎるとこの世界に存在できなくするぞ」

「わかっているわよ。ちょっと誂っただけなのに、この二人が大げさすぎるから」

「しかし、ただ食事をしていただけだろう。どうしてそういう話になったんだ」

「そりゃ、私って見とれるほどの色白美人だから。知哉ともや君も見とれちゃってねぇ、そしたら辻堂つじどうが余計なこと言うから。知哉ともや君がどうしてもそれが信じられないみたいだったから証明してあげようと思ったのよ」

「脱いでご立派なものを見せて野郎であることを証明しようとしたのか」

「ちょっと、立派ってやめてくれる?! 結構気にしているのに。それに脱ぐつもりはなかったのよ、脱ぐようなふりしてみただけで。本当はこれを見せてあげようと思っただけなのに二人が大げさに驚くから」

 襟元をつかまれたまま微笑んで手を差し出せば、そこには運転免許証があり、みことはやれやれと掴んでいた襟元を放す。

「全く紛らわしい。悪ふざけも程々にしろ、何事があったのかと思うだろうが。こっちは宿の方の仕事があるんだぞ、暇じゃないんだ」

 みことは呆れた様に廉然漣れんぜんれんの手から免許証を取り、知哉ともやの方に投げて見せた。

 知哉ともやは慌てて手を伸ばして免許証を受け取りじっとそれを見つめる。

「本当に男だ。全然見えないですね」

 驚きながら言う知哉ともやに横から覗き込んでいた辻堂つじどうが頷いた。

「だから言ったろ、男だって。でもアンタ良かったな、免許証で証明してもらえて。俺なんかもろに見たんだ、本当に最高に最悪な気分だった。しかもそれが俺よりずっと立派だったのも……落ち込むぞ」

「だから! 立派じゃないってば!」

 大きなため息をつく辻堂つじどうに同情の笑みを浮かべた知哉ともやは、面倒臭そうな顔をして宿香御堂やどこうみどうに戻ろうとするみことを見つめ、廉然漣れんぜんれんを指さした。

みことさん、常連客って言っていたけどこの人は一体?」

似非房主えせぼうずだったり似非神父えせしんぷだったり、とにかく節操のない古い知り合いだ」

「だから! オールマイティって言ってよ」

「本来は房主ぼうず神父しんぷよりもずっと崇高な存在なんだが、奴は少々ふざけ過ぎの感があるんだ。香御堂こうみどうの頃からの常連だが、本当にこんな部下を持った上司は大変だな、同情するよ。そっちの体格のいい兄さんはどうやら宿香御堂やどこうみどうの常連客の知り合いらしいが、それについては廉然漣れんぜんれんの方が良く知っているんだろう?」

「あら、私だって知らないわよ、さっきトイレで誰の紹介できたのってきいたら道祖土さいどだっていうからちょっと話していただけ。あきらの事は何から何まで良く知っているけど久義ひさよしの事は詳しく知らない。まぁ、これから知っていくかもしれないけどね」

 怪しく微笑んだ廉然漣れんぜんれんとは対照的に、辻堂つじどうは諦めた様に溜息をついて下を向いていた。

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