廉然漣

 廊下のドアが開く音がすると話し声が聞こえ、暫くして部屋に廉然漣れんぜんれん辻堂つじどうが入ってくる。

 辻堂つじどうはやってきたと言うよりも連れてこられたと言った感じで大きな体を小さく、腰を曲げて瞳を左右に動かしながらやってきた。

 部屋の中に見慣れない人物を見つけた廉然漣れんぜんれんがにっこり微笑みながら知哉ともやに聞く。

「あら、貴方が新人さん?」

 二人の登場に少々驚きながら、知哉はペコリと頭を下げた。

「はい。香月かづき知哉ともやと言います」

「私はね、ここの宿の方の常連客の廉然漣れんぜんれん、この人は今日初めての辻堂つじどう久義ひさよしちゃんよ。美味しそうな食事ね」

 廉然漣れんぜんれんは、帰ろうとしている辻堂つじどうを無理やり引きずり込むようにして席につかせ、自分も座って両手を合わせ「いただきます」と食べ始める。

 辻堂つじどうもまさか食事が用意されているとは思わず、このまま食べずに帰ったら失礼にあたるかもしれないと、横目で廉然漣れんぜんれんの様子を見ながら食べ始めた。

 自己紹介をされたものの、一体この人たちは何だろうと一緒に食事を続けるがふとみことの「油断をしていると喰われる」という言葉を思い出し、このどちらの人に喰われるのだろうと知哉ともやは上目使いに観察し始める。

 その様子に廉然漣れんぜんれんが唇の端を持ち上げた。

「なぁに、私たちが二人が気になるの? それとも私が気になるのかしら?」

 色白な肌に大きな瞳、少し湿り気を帯びた唇はふっくらとして廉然漣れんぜんれんの微笑みに、知哉ともやは思わず見とれてしまったが、辻堂つじどうが横から落胆した表情で知哉ともやに忠告する。

「この人、こう見えて男だからその笑顔に騙されない方がいいよ」

 辻堂つじどうの言葉を聞いて目を丸くし、知哉ともや廉然漣れんぜんれんを眺めれば、廉然漣れんぜんれんは頬を少し膨らませて辻堂つじどうを少し鋭い目つきで睨んだ。

「性別なんて関係ないでしょ。たまたまこの世界には雄と雌っていう性別ができちゃっていて現在に至るってだけで、もしかするとそうじゃない世界だったかもしれないじゃない? 雌雄同体とか。それに私だってたまたまそうだったってだけじゃないの」

「理屈はどうであれ貴方の場合は男が騙されて狼狽えるのを楽しんでいるでしょう。女のように見せかけて男子トイレに入ってくるだけでも驚くのに、隣に立ったかと思えば、自分についているのと同じモノが出てくるんですから誰だって驚くでしょう。なのに、驚いた人の顔をみて大爆笑するんですから性質が悪い」

「仕方ないでしょ、トイレに入ったら顔が真っ赤になるから楽しくって、あれを見せたらどうなるか見てみたくなるじゃない? で、見せてあげたらこの世の終わりみたいな顔しているんだもの。そりゃ笑うでしょ。しかもあの道祖土さいどの友達だったら余計にからかいたくなるものよ。あの子に友達がいたって事にも驚いたけどね」

 吹き出すのをこらえながら笑っている廉然漣れんぜんれんと、先ほど知り合ったといっているわりには打ち解けて見える辻堂つじどうに、知哉ともやが本当にと尋ねれば、ため息交じりに本当だと辻堂つじどうが返してきた。

 今まで見てきた女の人の中でも、飛びぬけて美人に見える廉然漣れんぜんれんが男性であるだなんて信じられないと、知哉ともやはぽかんとする。

 昼食を食べるのも忘れて目を丸くして見ていれば廉然漣れんぜんれんはにやりと微笑んだ。

「あら、信じられないかしら? だったら今証拠を見せてあげるわ」

 廉然漣れんぜんれんは突然その場に立ち上がり着物の中に手を入れて何やらまさぐり始め、辻堂つじどうは食事中に何をするつもりだと大きな声で叫んだ。

 その声を聞きながらも怪しげに笑った廉然漣れんぜんれんは「それ! 」という掛け声とともに大きく腕を振り上げ、辻堂つじどう知哉ともやも「ぎゃー! 」と大きな声を上げて瞳を閉じる。

 暫しの沈黙があたりを支配したかと思えば、瞳を閉じている知哉ともやの耳に聞き覚えのある声が入ってきた。

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