「久しぶりだな道祖土さいど、その、突然来てすまない」

 辻堂つじどうが必要な事以外喋ろうとしない道祖土さいどに申し訳なさそうに言えば、道祖土さいどは首を横に振る。

「いや、気にすることないよ。来ることは分かっていたし。それにこっちこそごめんね」

「え?」

「自分は怒っているわけでも機嫌が悪いわけでもないんだ。気遣いさせてごめんね、なんというか自分はこんなだから明るい人付き合いってしない方で、喋らないのも表情があまりないのも意図的にしているわけじゃないんだ。この顔が標準仕様になっちゃっているんだよ。だからね、喋らないのや表情が無いのを気にしないでほしい。特に笑顔なんて期待しないでね」

 無表情の言葉は何処かその声色に優しさを感じ、いつの間にか緊張もほぐれ道祖土さいどの無表情も気にならなくなっていた。

 身体の緊張がほぐれたせいか、この部屋に来て初めて空間に漂うほのかな香りに気が付く。

 甘いけれどもどこか苦みのある香りを感じれば感じるほど疲れ切って重たかった自分の体が軽くなっていくようだった。

 何度か大きく鼻から吸い込んで吐き出すと言う呼吸をしていると道祖土さいどがそれをじっと見つめる。

「それで、今日は自分に何か用事があって来たんでしょ」

 道祖土さいどの言葉にそう言えばと思いだし、手土産を座卓の上に置いて差出しつつ、辻堂つじどうは先日の百目鬼どめきとの出来事を話し始めた。

 貰った手土産を開封しながら辻堂つじどうの話を聞いていた道祖土さいどは、色彩豊かな水まんじゅうを一つ口に運んで「うん、美味しい」と感想を述べて飲み込んでから再び辻堂つじどうを見つめる。

「その話は断った方が賢明だと思うよ。お金が欲しいっていうなら受けても構わないけど。ただそれは君自身が君で無くなってもいいならっていう条件が付くけどね」

「それってやっぱり仕事内容が連中の話していた通りで、新聞配達の引き抜きとかじゃなく、しかも普通じゃないってことだよな」

「うん、当然。百目鬼どめきっていうのは辻堂つじどうは知らないだろうけど流通から販売まで手広く事業をやっているし、それは普通の職業だよ。でも百目鬼どめき瑞葉みずはって人は百目鬼どめきの中でも普通の職業をしているわけじゃない。彼女は百目鬼どめきの中でもちょっと特殊なんだ。普通の職業じゃないってことを差し引いてもあまり百目鬼どめき瑞葉みずは自体に良い評判は聞かない。だからもし百目鬼どめき瑞葉みずはがたとえ普通の職業をしていて普通の引き抜きだったとしても自分はあまり勧めないよ」

百目鬼どめきって凄いんだな。ものすごい豪邸だったし家の中もなんだかすごい家具とかあったんだよな」

「そりゃね、お金だけは有るところだから。実際凄い金額を積まれたでしょ。いろんな意味で辻堂つじどうとは全く別の世界にいるのが百目鬼どめきであり、百目鬼どめき瑞葉みずはさ」

「あんまり想像したくないな、でもそうか、良く分かったよ。相談してよかった、ありがとう。ただ疲れやすいと言うか体調があまりよくないっていうのは事実なんだ。特に百目鬼どめきという家に行ってからは余計に」

 肩に手を置き、首を回していう辻堂つじどう道祖土さいどは「だろうね」と横目に一言。

 そして考え込む様に視線を床に移して黙り込んでしまい、辻堂つじどうは気兼ねなく話せていたのに、突然訪れた沈黙になんだかこの家に来た時のような緊張感を少し感じ始めていた。

 その緊張の中にはあまり深く考えてはいなかったが自分は何だか深刻な状況なのでは? という気持ちも生まれてくる。

 随分長い沈黙に喉が渇いて行く気がして出されたペットボトルの蓋をあけ口を付けた時、小さく息を吐き出す音が聞こえて再び道祖土さいどが喋り始めた。

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