一つ目、時間厳守の事。

 どのような事柄があったとしても、決められた時間は必ず守らなければならない、最優先事項である。

 二つ目、宿香御堂やどこうみどうへは決して立ち入らぬ事。

 何時何があろうとも決して宿香御堂やどこうみどうに立ち入ってはならない。時間厳守の次に絶対に守らなければならない事柄である。

 三つ目、必ず作務衣を着用の事。こうの勉強怠るなかれ。

 起床してから就寝するまで加えて居住場所である棟から出る際には作務衣を着用せよ。着替えが無くなった場合は必ず私に相談の事。

 四つ目、この部屋の向かい側、みことの部屋がある南側の三部屋には入ってはいけない。

 立ち入る事、それ自体が生死の境目とわきまえよ。

 五つ目、以上の事柄全てを守り、さかきみことを主人とし、全てはさかきみことを中心として事柄を進める事。

 この約定の五つ目こそが全てを表していると言ってもいいだろう。

 つまり、ここにいる間、すべての事柄はみこと中心で動き、逆らうことも文句をいうことも許されない。みことが黒だといえば黒であり、白だといえば白なのだ。

 そして、ご丁寧にも約束事が書かれた内容の一番下には血判を押すようになっており、初めは無視していたが先ほどみことに命令され見張られるようにして知哉ともやは血判を押してきた。

 約束事には別に守る必要が無いのではないかと思われるものもあったし、なによりこの時代に血判とはと知哉ともやが呟けば、

「決して背かないと言う意志が血判だ。誰が掘ったかわからない印鑑を押すよりも肝に銘じることが出来るだろう?」

 と、少々優越的に笑いを浮かべて尊は言い、血判を押したことで知哉ともやみことの下僕になったも同然だった。

 倫子りんこに無理やり追い立てられ此処に来て、とりあえず倫子りんこの顔もあるし、なにより情けなく帰ることはできないから何とか頑張ってみようかと考えていたのもつかの間、今度現れた雇い主は酷く支配的で融通が利かなそう。

「長い物には巻かれろとは良く言った物だ」

 こと、この香御堂こうみどうという場所ではみことに逆らうのは得策ではないと知哉ともやは心の中で肝に銘じた。

 肝には銘じたが「了承を得ねばならない」という一見面倒に思える事であってもそれ自体に不満は無い。

 家で何もせずに居るのも結構苦痛であり、四六時中突き刺さる心配そうな視線から解放されることを思えば、知哉ともやにとって了承を得ると言う面倒も大したことではないのだ。

 みことが使用している空間は全て台所と変わらない状況だとみことに言われ、雑用係に任命された知哉ともやは少々表情が曇った。

 このような状況であるのにみことが使用している三部屋に立ち入ってはいけないと言われたからだ。どうにも納得が出来ず何故かと聞いてみた。するとみことは、

「なんだ? 女の部屋に入りたいとは、そう言う系統の変態か?」

 と訳の分からない返事をする。どんなに聞こうとも「とにかく入るな」「お前の為に言っている」と頑なに言われ続け、怒り似た雰囲気となってきたので知哉ともやは納得のいかないまま了承した。

 きっと男っぽい言葉使いのみことも女であり男に自分の部屋やプライベートを触れるのは嫌なのだろう。

 しかし状況が状況なので必ず汚れ物は洗濯に出すこと、部屋には入らないが廊下の掃除をしてもいい事を約束してもらった。

 一日の時間割は大雑把に決められている。

 朝の五時に起床、五時半には食事をし、その後八時までは自由時間、八時から夕方五時まで香御堂こうみどうの商い、途中十二時ごろに昼食をとり夜の七時に夕食、八時に風呂に入ってその後は自由。このほかにみことにより突発的に決められる時間割があるが比較的自由時間が多い。

 しかし、決められた時間は厳守であり、何よりも食事の時間を破ればみことの素晴らしい怒りと共に罰が科せられることとなっていた。

 とはいえ、みこと個人の部屋を除く主な生活部分の荒れを戻すには知哉ともやの自由時間をほとんど掃除に費やさねばならず、暫くは自由とよべるものは無いだろう。

 諦めたような大きなため息をついた知哉ともやは優先順位を付けて片付けを開始した。

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