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 それほど文句を言うことなく作業を開始した知哉ともやを横目に、みこと香御堂こうみどうの留守番電話を確認するため店舗へと向かう。

 こうを扱う香御堂こうみどうの店舗は数十年前に古材を使って建築されたものだがその内部構造は以前の香御堂こうみどうと変わっていない。

 香御堂こうみどう入り口のガラス引戸を入れば広い店舗用の土間が現れる。

 家屋の三分の二ほどある土間は昔ながらのタイル張りで、そこに並ぶ木の棚やガラスのショーケースには多種多様な香物が収められていた。

 左側には主に香木や昔ながらの香や香り物が集められ、右側に行くほどに現代的な香りの香や香水といったたぐいのものになっていく。

 商品陳列している空間を抜け、入り口まっすぐ正面に当たる場所には様々な香道具が並べられ、その向こう側は一段高く畳間が設けられていた。

 畳間には左手に結界に囲まれた帳場があり、そこには古めかしい店構えの雰囲気にはそぐわない、現代的な複合機の電話とノートパソコンが設置され、帳場の後方にある襖の向こう側には和室が一部屋。

 此処は以前の香御堂こうみどうの時には香席を設ける場所であったが、現在の香御堂こうみどうではもっぱらみことが仕入れた香や自らが作った香の香りを試したり、知哉ともやが着ている作務衣のように衣服に香を焚き染めたりする場所として使われていた。

 香御堂こうみどうの二階に行くには帳場を店側に向かって座り右手側にある襖を開け、左手側に現れた急階段を上る。その右手側にあるもう一つの扉を開ければ手洗い場と様式の便所があった。

 階段のある襖の反対側、帳場に座って左手。

 丁度後ろの和室の壁となっている部分を伝っていく形であるのがステンドグラスのはめ込まれたドア。

 そのドアの向こうは香御堂こうみどうと居住区を隔てるために存在する小川を渡る橋の様な廊下があった。

 ステンドグラスのはめ込まれたドアを開けてやってきたみことは真っ直ぐ帳場に向かい敷きっぱなしでもう弾力性も無くなった座布団に腰を下ろす。

 慣れた手つきで留守番電話を確認しながらパソコンの電源を入れメールをチェック。

 いつもの日課であり全ての確認が終われば、香御堂こうみどうにかかってきた電話を自分の携帯電話の方へ転送するように操作する。

「そうか、今日は五件だったか。多いが仕方がないな」

 ぽつりと呟いたみことは「そう言えば」と思いだし受話器を取り内線をかけた。

 電話は居住区にいる知哉ともやにつながり、数言話して受話器を置く。知哉の反応に少し笑みを浮かべながら店にある香のいくつかを手に取って、入り口の鍵を開け宿香御堂やどこうみどうの方へと歩いて行った。

 少々高さのある垣根に囲まれた宿香御堂やどこうみどうは閉鎖的な空間に見え、とても客を歓迎する様な建物とは思えない。

 垣根の入口は大きな丸太で三方を囲まれ、地面には境界を示すかのように角ばった石で敷居が作られている。

 尊は敷居を跨ぎ、入ってすぐ左手にあるいびつな蹲踞つくばいにある柄杓ひしゃくを手に取り、溜められている地下水で打ち水。ひやりとした空気が辺りに漂えば柄杓ひしゃくを置いて宿香御堂やどこうみどうの入り口の戸を開く。

 宿香御堂やどこうみどうの入り口は格子戸。

 木製でガラスがはめ込まれているが、格子の間隔が狭い為そこから中を覗くには格子戸に顔を付けるほど近づかなければ無理であった。

 この建物にある窓や出入り口は同じような格子戸がはめ込まれているため、どの部屋も外から覗くことはもちろん、中の者が外を見るのも少々困難な仕様となっている。

 勿論、格子戸を開ければ容易に見ることは出来るのだが、格子戸が開け放されるということはごくまれな事だった。

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