香月かづき知哉ともやです。助けていただいてありがとうございます。と、これでよろしいですか?」

 納得のいかなさから、わざとらしく言う知哉ともやにおかしくてたまらないというふうにこらえ笑いが聞こえ、影の人物は戸柱から離れて知哉ともやの横にあぐらをかく。

「なかなか結構な挨拶だ。香月かづきというと倫子りんこの息子か。到着が遅いので逃げ出したのかと思っていたが、ただの運動不足だったとはな」

「え? じゃぁ、ここが目的地ってこと」

 知哉ともやは、自分はこれからここで住み込みで働くのかと、少し不安げに辺りを見回した。

 きょろきょろと挙動不審に視線をいたるところに走らせる知哉ともやの様子に、嫌な笑みを浮かべたまま、あぐらをかいた女は言う。

「何だ、母親でも探しているのか? もう母親が恋しくなったか?」

「そんなことあるわけ無いでしょ。僕はマザコンじゃないですから。ただ、この場所は初めてだから見回しただけです。それより、僕は名乗りましたが貴女はまだ名乗ってない。それに僕はここで何をやるのかも聞いてないままなんですけど」

「母親は何と言っていた?」

 知哉ともやは、ポケットをあさって倫子りんこが自分に渡したこの場所の銃所が書かれた紙を取り出し、布団の上に置いた。

「これを渡されて、ただ住み込みで働いて来いとだけ言われただけです」

「そうか。ふむ、まぁ仕方ないか。それではまずは自己紹介をしておいてやろう。私はこの香御堂こうみどうの店主でありお前の雇い主のさかきみことという」

香御堂こうみどう? 店って此処がですか?」

「此処が店の訳があるか。店は他の棟にある。ちなみに、お前が登ってきたこの山全体が私の所有物だ」

「え? まじで。結構でかい山だったような」

「まぁ、確かに敷地だけはある、しかも山だからな、むやみに歩きまわらないほうが良いぞ、遭難しかねん」

 知哉ともやは大変な所に来てしまったのかもしれないと、少し後悔が頭をよぎる。

「ふぅ、お前は表情に感情が出やすいな」

「え?」

「接客業をしてもらおうと思っているのにそんなに感情が駄々漏れでは支障がある。感情は隠すようにしろ」

「接客、ですか。分かりました気をつけます」

「ふむ、素直なのは良いことだ。香御堂こうみどうは様々な『こう』を扱う店。だが、丁度私が生まれた時、この山で温泉が湧き出た。それにより先代は香御堂こうみどうの場所を移して元香御堂もとこうみどうに隠れ家的な宿泊施設を設け、先代も亡くなった今は唯一の親族である私がその二つを経営している。ただ、一人でやるには少々宿のほうが忙しくなってきてな」

「宿の接客ですか? 僕、接客業はやったこと無いんですけど」

「いや、宿の方は手伝わなくて良い。お前にはこうの店とその他の生活雑用をやってもらいたい」

こうの店って、尚更僕ではダメだと思いますけど。こうについて何も知りませんし。それに雑用って何をすればいいんです」

 眉間にしわを寄せ、困惑しているような表情で言ってくる知哉ともやに尊はニッコリ微笑んだ。

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