家を出て行くのも変わらない、ただ、出たあとにどうするかが決まっているだけじゃないか。そう悪態をつきたい気持ちをぐっと抑える。文句を言ったところで、恐らく自分が悪いんでしょと返されるに決まっていたからだ。

 善は急げといわんばかりに、僕は半分追い出されるようにして送り出される。

 自宅から離れているというのは住所でわかったが、まさかこんな山登りをするはめになるとは思っていなかったから最低な気分だった。

 日頃の運動不足が祟っているのだろう。口から、鼻からも息をしているはずなのに、酸素が取り込まれていないような感覚の中、とにかく早くたどり着きたいと足を動かした。

「そりゃ、こんな場所じゃ、通うのは、絶対無理だよな」

 道の途中にあった大きめの石に腰を下ろして一休みし、あと少しだと信じて歩き出そうとした瞬間、めまいに襲われ山道に倒れこむ。

「うぇ、すっげぇ気持ち悪い」

 暫く前から起こっていた頭痛が頭全体に広がって、めまいと共に込みあげる吐き気。一体何が起こったのかわからず、地面が徐々に近づいてくるのを感じ、そのまま頬に痛みを感じながら意識が遠ざかる。

 もしかしたら自分はこのまま死んでしまうのかもしれないと思った瞬間、頭から肩にかけて水がかけられた。

 その水の冷たさに少し頭が働いた時、鬱陶しいと言わんばかりのため息が聞こえる。

「全く、こんな所で死なれちゃ迷惑だ」

 その声に、手を地面について立ち上がろうとしたが、再びめまいが襲ってきて腕に力が入らず、そのまま崩れ落ちた。 

「なんだ、起きることもできんのか。迷惑だと言ったばかりだというのに、仕方がない」

 そんな不満気な声を聞きながら、僕は真っ暗な意識の中に引き込まれていった。 


 意識がはっきりしない。

 海の上に浮かんでいるような、流されているような。

 でも、真っ暗だ。

 波の音が絶え間なく聞こえる。

「煩い、海は嫌いだ」

 じんわりと嫌なしびれが頭の中に広がった。


どのくらい時間が経ったのか、知哉ともやはゆっくりと目を覚まし、天井を見つめる。

 見知らぬ天井のことよりも、自分がどうしてしまったのかが気になり考えこんだ。

「あぁ、そうか。気を失って。それからどうしたんだっけ?」

 自分が気を失ったのだということを理解して初めて、見知らぬ天井が気になり周りを見渡しながら上体を起こす。

「ここは一体何処? 誰が僕をここに?」

 なにげにつぶやいた一言に、知哉ともやの背中の方からため息が聞こえ、知哉ともやは驚きながら振り返った。

「誰がって、私に決まっているだろう」

 知哉ともやにはその声に聞き覚えが有り、戸柱にもたれかかって自分を見下ろす逆光の中にいる人物を見つめる。

「誰?」

 目を細め、眉間にしわを寄せながら尋ねる知哉ともやに更に大きなため息が聞こえてきた。

「世話になっているのはわかっているだろう? ならば、先に礼を述べ、自ら名乗るのが礼儀ではないのか?」

「それは、そうですが」

 納得の行かないというふうに口籠る知哉ともやだったが、威圧的な雰囲気に押されて布団から出ると、正座をして影の人物の方へ向き直った。

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